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第3話 6月、間借りカレーと
そこは昼間は営業していないバーの店舗で、駅から歩いて10分ほどの場所だった。来る途中に鮮やかな桃色の花を咲かせた樹が一本だけあり、はらはら散った花びらがゆるい風に舞っている。山桜の一種だろうか。
よく見ると周囲の緑葉を茂らせた樹々と同じ種類のようだ。この樹だけが花盛りの季節に乗り遅れてしまったのだろう。この道なら十分に道幅もあるし、4月にはたくさんの人たちがいっせいに咲いた山桜を楽しんでそぞろ歩いていたのかもしれない。
今はみんな足早に通り過ぎるだけで僕以外にはこの花が見えていないかのようだった。ハラハラと散っていく花も大急ぎで他のみんなに追いつこうとしているように見えた。
「おー!きたか。まぁ、くつろいでくれよ」
店に入ると調理場から中村がひょっこり顔を出した。
「くつろぐったって、仕込みの仕上げは僕がやるんでしょ」
「わかってらっしゃる」
中村に続いて調理場に入る。
初めて見る本格的なプロ仕様のキッチンに少し驚く。
「へぇ。こんなにたくさんコンロあるんだ。皿とかも使っていいの?すごいね」
「16時までに片付ければ好きに使っていいってさ。バーでこんなちゃんとした調理場持ってんの珍しいじゃん?」
「へぇ。ところで、来る途中に桜の花見た?」
「あったっけ?俺、荷物運ぶのに必死で全然気づかなかったけど。なんで?」
「いや、別に大した話じゃない。よし、仕上げ始めようか」
「おう!」
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