第5話 7月、おいしいの秘密

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第5話 7月、おいしいの秘密

 初授業の日は夏らしい青空がすっきりと広がっていた。昨日まで灰色の雲が空を覆っていたとはかけらも感じさせないくらいに晴れ渡っていて、訳もなく何か特別なことが起きる予感がしてくる。  時間があったから駅まで少しだけ遠回りして歩くことにした。空はすっかり夏なのにまだ気温はそれほど上がっていなくて、散歩には最適な気候だった。住宅街の細道をのんびりと歩く僕を追い越すように静かに風が通り抜けていく。   みんなどこかに出かけてしまったのか。  妙に静かで誰ともすれ違わなかった。知らない場所に迷い込んでしまったような気分になる。その時、僕を追い越していく風の中によく知った薫りを感じた。  カレーライス。どの家もそれぞれの味を持っているのに、どの薫りも共通して僕たちを魅了する。懐かしさや楽しさや、時には切なくなる思い出も含まれているかもしれない。それでもいつだってこの薫りをかぐと不思議な安心感に包まれる。  
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