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誰かのもの
明け方まで降っていたらしい雨が
ベランダの手すりに滴となって垂れ下がり1列に並んでいる。
雨の余韻を所々に残している部屋の外は陽の光を浴び明るく、時々太陽を隠すほど大きな雲が流れてきては足早に通り過ぎていく。
天気の回復力はめざましい。
一晩中大泣きしてたのに、もうケロッとしていて風も乾いている。
見習わなくちゃな…。
と思いながら空を見ていたら、彼が起きてきて「おはよう」とまだ眠気を残す重い足取りで歩いてくる。
私は何も言わず近づく彼を見ている。
「お、すっげーいい天気じゃん」
私の隣に来て、ベランダから外を見て彼が言った。
私は何も言わずに彼と同じように外を見ていると、頭を撫でられ髪の毛を指でとかれてる感触と私を見つめる視線と穏やかな声が私を揺るがす。
「今日、どうする? どこいく? 新しく出来たシネコンに行く? そこのワッフルのお店に行きたいとか言ってたよな?」
言葉の終わりが全部疑問形で、決定権をくれた事はうれしいけど、ワッフルのお店に行きたいと言ったのは、私じゃない。
私の知らない誰か。
彼のこの部屋に来たことをいちいち教えてくれる誰か。
彼は目がいいのに、洗面所の鏡にコンタクトが張り付いていたり、キッチンの引き出しに指輪が入っていたり、下駄箱に折り畳み傘がひっそりと入っていたり、今朝はカーテンを開ける時に指に何かがあって、何かと思ったらピアスが挿してあった。
ここに来る私の知らない誰かは、私と同じ位の身長なのかも知れない。
私は髪の毛から彼の手を払いのけ、え?と固まった彼の手を取り、手のひらにさっきカーテンから外したピアスを乗せた。
「このピアスかわいいね。」
私の今日の第一声はこれだった。
彼の表情が強ばっていく。
私は次の言葉を探す。
「嘘つき、バカ、きらい、いつからなの、ひどい、ワッフルってなに、別れる、別れて」
頭で思ってる事と心で思ってる事と現状で自分でも何を言うか分からない。
ベランダから見える空は明るく透明で泣けてくるほど青い。
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