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「おにいさま!」
山奥の湖畔に佇む古びた屋敷の、穏やかな陽射しが差し込む一室。白い服を着た小さな少女が、ふかふかした椅子にゆったりと座る男のもとへ走り寄る。
少女はその長い髪を邪魔そうに後ろへ流してから、男の膝へよじ登る。少女が座りやすくなるよう、男は少し脚を動かした。
「今日もお話の時間っ」
こうして男に昔話や物語を話すようせがむのが、少女の日課だ。男はいつもそれに応えて、歴史上の偉大な人物の話や、自分の過去の体験、空想世界の大冒険などを聞かせてきた。
だがこの日は、いつもとは少しだけ違っていた。
「ああ、そうだね。そろそろ……ルミ姫にも話すときが来たね」
「……?」
わずかに変わった雰囲気を敏感に感じ取り、少女は男の顔を見上げる。彼の目は少女ではなく、窓の外に向いていた。
湖の水面は鏡のようで、まるで世界が反転したように周囲の木々を逆さに映している。柔らかそうな雲が、青い空をゆっくりと流れていく。普段通りの風景だ。
それなのに、男の表情は悲痛に満ちていて、少女は首をかしげた。
「かなしいの?」
「あぁ、かなしい。とても」
そう言ってから、男は少女に目を向けた。
「いいかい、ルミ姫。今日の話はとても大事だから、よく聞きなさい」
それは、ルミ姫と呼ばれたこの少女――『姫』に課せられた、残酷な運命を告げる話だった。
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