闇の子、光の姫

11/14
前へ
/14ページ
次へ
 屋敷の外に出るとあたりはすっかり暗くなってしまっていたが、行きに斧で切り開いた道はだいぶ通りやすくなっており、僕たちはわき目も振らずに走り続けた。  やがて森の臍の岩場に辿り着き、そこまで来て初めて僕たちは足を止める。いつもは太陽の光を浴びる場所だったが、今日だけは、月が僕たちを淡く照らしていた。 「少し、ふぅ、休もうよ」  息切れしているルミの提案で、僕たちは近くの岩に腰掛ける。大きく息を吐くと、ルミの手首をつかんでいた自分の手が急にピリッと熱く感じられ、手を離す。  それを見て、ルミは少し笑った。 「綺麗だね、月」 「……うん」  頭上の月を見上げながら、ルミは呟く。僕もそれに同意する。月はこんなにも綺麗だったのか。 「私ね、何年か前に、お兄様に連れられて街に行ったことがあるの。リオの住んでる街かどうかは分からないけど、とても大きな街」  月を見上げたまま、ルミが話す。  とても大きな、と形容されるなら、たぶん僕の街ではない。もっと中心部の大都市だ。 「そこに住んでる人たちは、みんな生きてても楽しくなさそうだった。私の知らない食べ物や建物や機械がいっぱいあるのに」  月はときどき雲に隠れては、また顔を出す。 「リオも、最初に会ったときはそういう顔だったんだよ。死んでないだけで、生きてないみたいな」  ……少し、驚いた。そんなふうに見られていたのかと。ルミは最初から、お見通しだったのかと。 「でも、私とたくさん会ってるうちに、ちょっとずつ楽しそうな顔をしてくれるようになって」  だから、とルミは続ける。 「あの部屋に入るのは辛いけど、こういうふうに誰かを笑顔にできるなら頑張ろうって、思えたの」  ハッとして、ルミの顔を見る。いつの間にか僕に向いていたその顔は。  とても、穏やかな表情をしていた。 「……嫌だ」  喉からその一言を絞り出すのに、少し時間がかかった。 「え?」 「別に……別に、ルミさんじゃなくても、いい、じゃないか」  何も、世界中の人間が抱える闇を相手するために、ルミ一人を犠牲にすることはない。そんなことは、誰か一人が……いや、一人ひとりがどうにかすればいいことではないか。  そんなふうに思った僕の心を知ってか知らずか、ルミはふふっと笑う。 「駄目なんだよ、私じゃないと」  そう言ってルミは立ち上がり、僕を見下ろす。 「だって私は、闇の子だから」  闇を照らす光の姫は、月のように弱々しく、健気に微笑んだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加