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「さて、そろそろ始めようか」
男は少女を膝から下ろし、杖をついて椅子から立ち上がる。
「なにするの?」
少女はきょとんとして、男の顔を見上げる。
「練習だよ。ルミ姫が『姫』としてちゃんと仕事ができるようになるためのね」
あまねく人間の悪感情が集合した闇に身を捧げ、その暴走を抑制すること。闇の子にしかできない『姫』の役割だ。
その残酷な運命を、ルミ姫と呼ばれた少女はやはりまだ理解できていないらしい。
「これから分かるよ。『姫』が何をしなければならないのか」
そう言って、男は少女の長い髪を優しく撫でる。この後、闇にいたぶられるであろうその髪を。
男の心を、悲しみが襲う。何年も感じていなかったその感情は、彼女がもう限界に近いことを示していた。
「ルミさん……」
静かに胸に手を当てる男を、少女は心配そうに見つめていた。
コツッ、コツッ。杖をつく音が、階段に響いた。
屋敷の地下にある両開きの扉の前に立ち、男は少女の両肩に手を置く。
「準備はいいかい」
「うーん」
「……まあ、そうか」
百回言い聞かせるより、一回体験するほうが、きっと分かるというものだ。
男は扉を押し開け、その中へ少女を入れる。
「いってらっしゃい、ルミエリーナ」
いま、新しい闇の子が、『姫』の運命を継承した。
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