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結局、その日は昼過ぎに仕事場へ着き、ひとしきり鬱憤を晴らしたのかすっかり酔い潰れていた親方を介抱して、家に帰った。
昼の体験が頭から離れなかったが、一方で彼女の顔は思い出せなかった。考えてみれば、僕はそもそも彼女の顔をまともに見ていなかった。
翌日は一転して快晴、というより極悪な猛暑で、僕は照りつける太陽を恨みながら重い斧を振るって木々を切り倒した。親方に「腰が入ってねぇぞ!」と怒鳴られた。
帰ってから、街の食事場で農家の人々が愚痴をこぼしているのを聞いた。今年の豪雨と高温が、農作物の出来高に重大な被害を与えているらしい。
「どうしちまったんだろうねぇ今年は……」
彼らは溜め息をついてから、手っ取り早く食い扶持を得られるような他の仕事の話を始めた。隣国同士の戦争に乗っかって、傭兵にでもなろうかと言い出す人もいた。
戦争。距離的には遥か遠くとはいえ、歴史的にも類を見ないほど大規模な衝突が繰り広げられていると聞く。強力な兵装が次々と作られ、戦火も拡大しているらしい。
本当に、今年はどうしてしまったのだろうか。
それから数日後。あの日と同じように朝だけ大雨が降り、昼前には晴れた。
あの日ほどの雨量ではなかったが、半人前の僕はどのみち伐採をさせてもらえず、延々と木材を縛ってまとめる作業を言いつけられるだろう。
それも大事な仕事ではあると頭では分かっているが、誰にでもできるような作業など、やっていて惨めになるので嫌いだ。
そんなことを思っているうちに、僕の足はまた、あの森の小道へと進んでいた。
彼女は、今日もそこにいた。
森の臍のような岩場の、いちばん高い岩の上で、正午の陽光を気持ち良さそうに浴びて座っていた。
「あ、リオ! また来てくれたんだ」
僕を見つけた彼女は、ひょいひょいと岩から降り、僕の前までやってきて、笑った。
太陽のような人だ。
「日光浴しよ? あそこのほうが気持ち良いんだよ」
そう言って、彼女は再び岩を登っていく。前回と違って一つに束ねてある黒髪を追いかけながら、僕も登る。
いちばん高い岩の上に、二人並んで座った。
「リオは、年いくつ?」
「……十六」
「同い年だ! あ、でも私もうすぐ十七」
「ぼ、僕は今年十六になったばかりで……」
「そうなの? じゃあ、私が年上だねっ」
何か面白いことを言っているわけでもないのに、彼女は本当によく笑う。
やっぱり、太陽のような人だ。
それからほとんど会話はなかったけれど、しばらく穏やかな時間を過ごした。
「また来てね、リオ!」
笑いながら手を振る彼女に、僕も小さく手を振り返した。
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