闇の子、光の姫

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 いつの間にか背後に立っていたのは、僕よりもいくぶんか年上の、凛とした佇まいの男だった。抱えていた女物の服を脇へ置き、僕のほうへ近づいてくる。  恐らくは、彼女の兄だ。 「早く出ていきなさい。ここにいてはいけない」  そう言って彼は僕の腕をつかみ、引っ張ろうとする。僕は反射的に、その力に抵抗した。 「……何なんだ。誰なんだ、君は」 「ぼ、僕は……」  明らかに苛立った声で投げかけられた問いに答えることもできず、かと言って大人しく連れ出されるわけにもいかず、僕はそのまま黙ってそこから動かないでいた。 「あぁ……君か? リオというのは」  彼女が僕のことを話したのだろうか。僕は無言で頷く。  彼は深く溜め息をついて、「だから言ったのに」と呟く。それから僕に向かって改めて言った。 「出ていきなさい。君はもう姫とは会えない」  ……そのことばの中に、違和感があった。  一瞬ハッとした表情をした彼は、しかしすぐに無表情を取り戻し、僕の腕をつかむ力を強める。僕も強く抵抗した。 「……見かけより強いね、君」  しばらくして、彼は諦めたように手を離す。 「ル……ルミ、さんに、会わせてもらえますか」  初めて発音した彼女の名前は、思ったよりも言いづらかった。 「駄目だ。それはできない」  彼もあくまで譲らなかった。僕は質問を変える。 「姫って……何ですか」 「それは君が知るべきことじゃない」  埒があかないまましばらく睨み合いが続いたが、やがて彼は諦めたように僕の腕から手を離した。 「困ったな……」  少し悩むようなそぶりを見せてから、彼は言った。 「分かった。そんなに言うなら、見ていってもいい。その代わり、全て君の責任だ。いいね?」  何のことかは分からなかったが、彼女に会わせてもらえるなら何でもよかった。僕はよく考えもせず、頷いた。 「では、その扉を開けてみなさい」  扉を押し開けると、そこにあったのは闇だった。  闇だった、と表現するほかない。一面が真っ暗で、そこが部屋なのかどうかさえ分からなかった。 「入って」  彼女の兄が僕の背中を押し、僕は足を進める。背後で彼が扉を閉める音がした。 「さぁ、見なさい。『姫』の仕事を」  それは唐突に目の前に浮かび上がった。  空中に浮かんだ一糸纏わぬ彼女が、全身を闇に犯されている、その姿が。
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