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 生物は原核生物と真核生物に大別される。原核生物は細菌とラン藻。大腸菌や乳酸菌は原核。でも酵母菌は真核――。  その日の放課後、気になった部分を軽く復習すると、洋一郎は1つ頷いて教科書を閉じた。エビングハウスの忘却曲線によれば、人間は忘れる生き物なので、記憶を定着させるには1日後、数日後、数週間後と何回も繰り返すことが大事らしい。家に帰ったらまた続きをやろう。  帰り支度を始めた洋一郎の側で、ふと、誰かが立ち止まった。 「北見、ちょっと話せる?」  顔を上げる。南雲理人の涼やかな目が、座っている洋一郎を上から見据えていた。  南雲はバスケ部に入っている平熱系の男子だ。話をしたことはほとんどないし、クラスメイトということ以外に接点もなかったが、洋一郎は大人しく南雲の後に続いて教室を出た。180cmくらいの鍛えた体が悠然と前を歩いていく。  廊下の端、B階段付近の人の気配がない静かな場所で南雲は振り向いた。二重のすっきりした目元に、ほどよく高い鼻、歪みのない唇。段を入れた焦げ茶寄りの短髪も決まっていて、どこぞの雑誌モデルのようだ。洋一郎がこっそり吐いた溜め息に気づいたのか、南雲が目の焦点をこちらに合わせた。 「ぶっちゃけ、北見って俺のこと嫌いなの?」  見事な直球に、覚悟していた洋一郎もさすがに(ひる)んだ。が、こちらも文化部なりにピッチャー返しをさせてもらう。 「嫌いだよ」 「何で?」 「何でって、何で?」 「人のセリフ返すなよ。あんまし話したことないのに何でか、気になっただけ」  嫌いだと明言されたのに、南雲は全く意に介していないようだった。それどころか微笑すら浮かべている。 「噂で言われてることが本当だったりする? 俺が勉強嫌いだからとか、ご飯にシチューかける派だからとか?」 「……シチューかけるのか?」 「旨いよ?」 「でも、そういうことじゃないから。嫌いだから嫌い、それだけだ」 「理由ないのかよ? 意味分かんねー」  南雲はそこで初めて顔をしかめた。「ひそみに(なら)う」という故事もあるが、顔面偏差値の高い人間だとどんな表情でも様になるらしい。  もう話は済んだだろうと、洋一郎は立ち去ろうとした。  
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