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「俺は北見のこと嫌いじゃないけど?」  驚いて振り返る。 「何で? それこそ接点ないのに」 「超頭いいのに、それっぽく見えないからかも。漫画の新刊の話で盛り上がってたりするし。あと、しょうもないこと力説してるのが変」  全然理由になっている気がしない。けれど、面と向かって嫌いじゃないと言われるのは照れ臭いものがあった。    そんなことより、こうして南雲の前に立っていること自体が落ち着かない状況なのだが。 「そうですか。でも、俺は嫌い一択だから」 「理由は?」 「だから……何でもだよ」 「ふうん。その割には嫌そうじゃなくね? 何かツンデレに見えてきたけど」 「ツンデレ!? ないない、絶対ない!」  顔から血の気が引くのと血が集まるのが同時に起こった感じがした。慌てて否定した洋一郎に、南雲がキョトンとする。 「は? 何その反応。顔赤いし。まさか北見、本当は俺のことソッチの意味で――」 「待てって! 南雲、それは違う」  じゃあ、と一方的に話を切り上げて、洋一郎は足早に南雲から離れた。少しむっとするような廊下をスタスタと歩いている間、洋一郎の心臓は吹奏楽部のティンパニみたいにドンダンドンと打っていた。  怪しまれた。確実に。洋一郎自身、これまで(かたく)なにこの不可解な感情を否定してきて、できる限り南雲と関わらないようにしていたのに。それこそ、不仲説が流布するレベルで彼を避けてきた。噂を野放しにしていたのは、嫌いだと思われていた方が避けることを正当化できるからだ。  もう、認めるしかないのだろうか。あのイケメンのクラスメイトに、4月の終わり頃から恋をしているのだと。  いいや、そんなことできる訳がない。  洋一郎は教室に戻り、スクールバッグを引っつかんですぐに下校した。何がテストだ、エビングハウスだろうがエビライスだろうが知ったことか、という気分で、住宅街にほど近いイチョウ並木を歩いていく。6月の梅雨曇りが空一面に貼りついていた。  いっそ、実際に嫌いになったらいいのではないか、と洋一郎は思った。そうすれば今回みたいにボロを出すこともない。  それ以前に、南雲は二度と話しかけてこないだろうから、口を滑らせるような状況は訪れないのかも知れないが。  南雲は一体どう思ったのか。そのことを想像して尋常じゃないほど鬱になっている自分は、本当に救いようがなかった。  
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