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 その時、開いている窓から女子の怒った声がした。一つ下のフロアか。気になってL字の校舎の角に当たるA階段を下っていくと、「南雲先輩」と聞こえた。洋一郎の心臓が跳ねる。  現場は進路相談室だった。洋一郎が壁越しに聞き耳を立てると、部屋の中には怒れる女子の他に、その同級生の女子もう1人と「南雲先輩」がいるようだ。「ひどいですよ!」と言っている内容からして、友達が先輩に告白して振られたことに耐えかねて乱入した、というシチュエーションらしい。  知らない子はパス? 取りつく島もない男だな。それにしてもこの後輩、援護射撃が激しすぎる。  3年の先輩に南雲姓がいないとも限らないが、声的にクラスメイトの南雲理人で間違いないだろう。すると女の子達は1年生。何となく面白くなかったし、ちょっとぐらい付き合ってやれよと非難したい気持ちも湧いてきた。しかし、南雲は困っているようだ。  洋一郎はオーボエのリードをくわえた。  (ソー)(ソー)(ソー)――。  ゆったりとしたテンポで、某宇宙映画の悪役のテーマを牧歌的に演奏してやる。声がやんだ。  少しして、告白した方の後輩が「行こうよ」と力なく言った。洋一郎は急いで曲がり角に身を隠す。髪を下ろした女子と2つに結んだ女子が寄り添うように出てきて、廊下を洋一郎がいる方とは逆へと進んでいった。2人の姿が十分に遠ざかったところで上の階に帰ろうとすると、進路相談室から現れた南雲に見つかった。 「……北見?」  オーボエを持っている時点で言い逃れはできない。洋一郎は一言、「案外冷たいんだな」と南雲に視線を向けた。  前回あれだけストレートな言葉を投げてきたのに、南雲は何も言わなかった。少し悲しそうな、不機嫌そうにもとれる微妙な顔で洋一郎を眺めている。洋一郎もそれ以上は何も言えず、その場を後にした。 「洋一郎お帰り。どこ行ったのかと思ったよ」 「ただの散歩」  部活に戻ってきた洋一郎は、先ほどの悪役テーマを堂々と吹いた。救急車よりは歓迎されるはずだ。  木管には不釣り合いな重々しい旋律に浸っている内に、洋一郎は気づいてしまった。最低なことに、南雲が告白を受け入れなかったことを喜んでいる自分がいる。振られた後輩と自分を重ねて落ち込んでいる自分も。  南雲を嫌いになる理由は、まだ見つからなかった。  
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