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昼休みの東西学園高校。有機化合物臭のする化学室から2年4組に戻ってきた生徒らは、ガヤガヤと昼メシの準備を始める。北見洋一郎も、いつものメンツで弁当を食べるために机を動かしていた。
「なあ洋一郎」
他の2人がトイレに行ったタイミングを見計らってか、小柄な友人・田中が小声で話しかけてきた。
「ん?」
「お前、あの噂って本当なの?」
あー、とテンション低めの声が漏れた。
身長175cmほどの中肉体形で、簡単にセットした地味な黒髪。目は普通の一重、鼻も高くなくて口もそれなり。制服の紺ブレザーとグレーパンツもカスタマイズなんてしてない平凡な外見。そんな洋一郎には妙な噂があった。勉強熱心だからおちょくられているのだろうかと洋一郎自身は思っている。
噂に曰く、授業中に寝ているのが許せないから、南雲理人のことが嫌いなのだと。
曰く、好きな漫画のキャラが正反対だから、南雲理人が嫌いなのだと。
曰く、目玉焼きのソース派と醤油派で対立しているから、南雲理人が嫌いなのだと。
……全く、クラスの奴らは人を何だと思っているのか。そんな理由でクラスメイトを嫌いになんてなるはずがない。だが、北見洋一郎と南雲理人が不仲だという噂は、この6月の2年4組では既に事実として扱われていた。
「どうなんだろうな?」
「どうって。ガチなのか分かんないから俺らもやりにくいんだけど」
「うん」
曖昧な相槌を打った洋一郎に、何かを察してくれたようで、田中はちょっと不自然な明るさで言った。
「話変わるけどさ、洋一郎も今日俺ん家来ない? 新しいボードゲーム買ったぜ?」
「悪い。俺は勉強するわ。あと楽器屋に寄って――」
「おいおい。お前頭いいのにこれ以上勉強するとかないわー」
あるある、ないないと言い合っている内に、トイレ組が帰ってきて田中の側に加勢する。テスト期間直前だから部活もみんな休みなのに、何でこちらが間違っている感じになっているのだろう。
洋一郎は何となく視線をよそに移した。男子も女子もリラックスしている教室内をざっと眺める。すると、窓際で机に浅く腰かけて水筒に口をつけている男子と目が合った。南雲だ。普段目なんて合わないのに何でこのタイミングなのか。
淡々と見つめること約1秒。洋一郎は何事もなかったかのように仲間達との会話に戻り、脳裏から南雲の存在を消し去った。
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