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H、G、H、G、H、G――。
テスト明けの吹奏楽部で、オーボエのメランコリックな音色が規則正しく響いている。洋一郎がその音を味わっていると、頭をコツンと叩かれた。
「お前それ、後輩達がドン引きしてるぞ」
田中だった。オーボエから口を離して、自主練会場の自習室Aを見渡してみると、同じ部屋で練習している部員達がこちらの様子を不安そうに 窺 っていた。
「別に、自主練なんだから何吹いてもいいだろ?」
「でも救急車はやめなさい」
「ドップラー効果で半音下がるとこまでやりたかったのに」
「救急車まだ接近中だったんかい」
すぐ側の机からイスを引っ張り出してきて、田中が隣に座る。「何? 何か悩み事?」と手元のトランペットを膝の上に立てて、すっかり雑談の構えだ。
「テストで失敗でもした?」
「テストはやるだけのことはやったから、そんなでもない」
「天才はこれだからなー」
洋一郎は膝に寝かせたオーボエの黒いボディをそっと握った。悩んではいない。答えは最初から一つしかなくて、ただ自分の感情を上手く処理できていないというだけ。
「悩みじゃないけど、嫌いじゃない人を嫌いになるのって、どんな時だと思う?」
「はー? 向こうに悪口言われた時とか?」
「悪口……他には?」
「え? だって『嫌い』でしょ? 元々嫌いじゃなかったら、こっちに実害がなければ嫌いにはなんなくない?」
「なるほど。別にどうでもいいけどな」
田中の抗議を聞き流して、洋一郎は気分転換に部屋の外に出た。うっかりオーボエまで持ってきてしまったが、たまにはこの相棒の木管楽器と散歩をするのも悪くない。
ところどころ窓から日が差す廊下を歩きつつ、洋一郎は南雲のことに思いを巡らせる。
先ほどはつい変なことを言ってしまった。テスト勉強中も、気を抜くと自分の厄介な感情について考えてボーッとしてしまっていたから、そのせいかも知れない。南雲に嫌われただろうか、違う、やっぱり南雲を嫌いになるべきか、これも違う。そんな風に脈絡のない思考が脳内でうごめいていた。
仮に自分の恋心が本気でも、南雲とどうにかなるなんてあり得ないことだし、今の不仲とされている状態をキープすればいいだけなのに。
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