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雨続き
買い物に行く途中で降りだした雨は、しだいに強くなっていった。
夕夏は湿気でまとまらない短髪を、耳の後ろにかけた。ショートカットを好んでいるけれど、雨の時期だけは髪をくくれる長さまで、伸ばしたくなる。
夕夏は、傘を叩く雨の音を、うるさいと感じた。
差しているのは、紺色の地に白で草花の模様が描かれた、折りたたみ傘。
この模様なら長身の自分が持っていても、可愛すぎないんじゃないか――そう思って購入した、晴れ雨兼用傘だ。だけど五月中旬に買ってからずっと、雨傘として使っている。
今は五月下旬。まだ梅雨入り前だというのに、最近は雨続きだ。
……こんな天気なのに、どうして買い物に行かなきゃいけないんだろう。
……母親なんて嫌いだ。『お釣りはあげるから』で、十五歳の娘が喜んで動くと思っているんだから。
夕夏は傘の下で、溜息をついた。
雨でくすんだ景色の中、目的地である洋菓子店の、明かりが見えてきた。
最寄り駅から徒歩十分。主要道路が通らないところにある洋菓子店『La maison en bonbons』は、プロバンス風の店構えだ。白い漆喰壁にオレンジ色の瓦屋根を合わせた建物で、レンガ作りの花壇にはローズマリーが植わっている。
地元民に愛用されているものの『La maison en bonbons』というフランス語の店名は、なかなか正しく呼ばれていない。略称で『メゾン』あるいは日本語訳の『お菓子の家』と、呼ばれることが多い。
松田夕夏もその家族も、この洋菓子店を『メゾン』と呼んでいた。
もうすぐお客さんが来るからゼリーを買ってきて――。そう母親に言いつけられたので、夕夏は仕方なく、家を出てきた。
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