雨続き

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 傘立てに傘を置き、自動ドアを通る。いらっしゃいませ、という、若い男性従業員の声。続いて「あ、松田さん。こんにちは」という、軽やかな少女の声がした。  夕夏はぴくりと眉をあげた。あまり会いたくない同級生が、店内にいたからだ。  佐々木彩音(ささきあやね)。ひとあたりがいい性格の同級生。さらさらの髪は肩にかかる長さで、ショートカットの夕夏よりも、男子からの受けが良い。  背丈は夕夏のほうが、ずっと高かった。夕夏の身長は160センチメートル後半だが、彩音はそれよりも頭ひとつ分は低い。 「土曜日に同級生に会えるなんて。なんか嬉しい」  彩音は両手を合わせて、ほほえんだ。 「……佐々木さん、こんなところで何してるの?」 「えっとね。これから友達の家に、中間の勉強をしに行くの。だから、お土産にケーキ」 「ふぅん」 「松田さん、おうちこの辺?」 「そうよ」  あなたのおうちは四駅向こうだよね。そう夕夏は心の中でつぶやいた。  喧嘩するつもりはないので、作り笑いを浮かべてみる。 「……私は、親から買い物を頼まれたとこ。ここのケーキ、どれも美味しいよ」 「松田さんは、何がおすすめ?」 「タルトとか。私が好きなのは、珈琲ゼリーだけど」 「そうなんだ。ありがとう!」  彩音は期間限定の白桃のタルトと、苺のムース、そしてロールケーキを買った。またね、と夕夏に手を振って、雨の中に消えていく。  彩音がこれから訪問する家は、夕夏には検討がついていた。  ……友達の家に行くんじゃない。恋人の家に行くんだ。  ……結局、苺のムースが似合うような女の子が、好かれるんだ。  夕夏は浮かない表情のまま、店の従業員と向かい合った。 「ご注文お決まりでしたら、お伺いします」  ココア色の帽子を被った男性従業員は、姿勢正しく、あまり愛想はない。 「フルーツジュレ五個入りをひとつ……と」  夕夏は頼まれた品を注文したあとで、口をつぐんだ。  白桃のタルトの横には、紫陽花を模したジュレ。その横にはレモンの輪切りが乗ったレアチーズケーキ。ショーケースの中に並んだ、初夏にふさわしい涼しげな菓子は、夕夏の頬を緩めた。  夕夏はまず紫陽花のジュレ、次にグラスに入った珈琲ゼリーから、目が離せなくなった。定番の珈琲ゼリーは、見るだけで、ほろ苦い味が思い出せる。 「……それと、珈琲ゼリーをひとつ。以上で」 「かしこまりました」  注文を静かに待っていた従業員は「紫陽花のジュレは七月末までの予定です」と、さりげなく夕夏に告げた。
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