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六月はじめ。高等学校の中間テストが終わり、結果も返ってきた。
夕夏の中間テストの結果は、悪くなかった。どの教科も問題ない点数で、数学にいたっては、学年上位に入ろう成績だ。昼食時にそれを言うと、夕夏の友人は、感嘆の声をあげた。
「なんで? 私はさっそく、赤点すれすれだったよ! なんでそんなに点数取れるの!」
「なんでって言われても」
夕夏は浮かない顔で、レーズンパンの袋を開けた。今日の昼食は一袋二個入りのレーズンパンと、カフェオレだ。
「数学、得意なだけだし」
「数学が得意とか。言ってみたいなぁ!」
友人の少女は大げさにはしゃいだ。その声に反応して、ほかのクラスメイトたちも寄ってくる。
「なに、テスト結果の話?」
「聞いてよ。この子ってばさぁ……」
友人は具体的な点数を言った。
夕夏と馴染みが薄い男子のほうが、女子より驚いていた。
夕夏は話の中心であるのに、自分が場違いな場所にいる気がした。木の椅子が固い。
「すげえ。松田、頭いい」
点数を聞かれたから、それに答えただけだった。褒められても反応に困る。
「まっつー、中学からすげえから」
同じ中学校だった男子が隣に来て、夕夏の肩に手を置いた。そして「一個もらうな」と言うなり、夕夏のレーズンパンをひとつ、袋から取った。
「ちょっと、東山」
夕夏が文句を言おうとしたときには、パンはもう、その男子生徒にかじられていた。
「なに」
「……もういい」
夕夏は教室の外に目をやった。今にも振り出しそうな空模様。
「てか、女子じゃクラス一番なんじゃね?」
「彩音も数学、良かったけどねえ」
彩音。
その名前を聞いた夕夏は、制服スカートのひだを握った。
クラスメイトたちの関心は、夕夏から、教室前方の彩音へと、移っていった。さらさらの長い髪で、ひとあたりのいい佐々木彩音に。
「私なんて、全然良くないって。もとが悪いから、あがったように見えるだけだよ」
彩音は身を縮め、小さな声で話した。
「謙遜しちゃって」
「いいなぁ、彼氏もできて、成績もあがって」
他の女子が騒ぐ。夕夏の胸がざわめく。
「ねえ、一緒にテスト勉強とかした?」
「べ、別に」
「別にって――一緒に勉強、したでしょ?」夕夏は声をかぶせた。
自分でも、はっとするほどの、強い調子の声が出ていた。
夕夏はおそるおそる、彩音を見た。顔を赤くしてうつむいている。
「……ごめん」
夕夏は言葉を絞り出した。小声になってしまい、彩音には届いていない。
夕夏の友人が、明るく解散を促した。
「あー。騒ぎすぎたね。やめやめ」
「だな。……あ、おい東山、ひとの唐揚げを勝手に食うな」
クラスメイトたちも軽い調子で、席を離れていく。
夕夏はわだかまりを抱えたまま、午後の授業を過ごした。そうして下校時間を迎えた。
夕夏は部活動に行く友人と別れて、下駄箱へと向かった。そこで、同級生の男子が、下駄箱にもたれているのを見つけた。思案顔で、軽く立てた自分の短髪を触っている。
東山航。夕夏と同じ中学校出身の、男子生徒。
夕夏が知り合ったのは、中学校二年生のときだ。そのとき、航は夕夏が見おろせるくらいに背丈が低かった。けれど三年生になってから伸びてきて、今は夕夏と航は、視線が合う。
別の男子が通りがかり、航の頭を上から撫でる。航はだるそうにその手を払った。
「先に帰れ。俺は用事あるから」
そう言って友人と別れた航は、夕夏を見るなり、下駄箱にもたれるのをやめた。
「ちょっといいか?」
「良くない」
夕夏はすげなく答えた。
「まっつー。お前、佐々木に当たるなよ――いくら好きな男を、取られたからって」
夕夏は航を睨んだ。彼の視線も、冷めていた。
「好きだったろ。三宅のこと」
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