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晴れ間
夕夏はひとりで帰りの電車に乗った。席には座れたが、車内は雨の湿気で息苦しく、気分が回復しなかった。
三宅柊太。彼に、夕夏は憧れていた。
同じ学校に進学できると知ったときは、嬉しかった。
これで、登校時や下校時に、一緒にいられる。またコンビニにも寄れる。
だけれどそんな妄想を楽しんでいるうちに、手遅れになった。
高校入学してから、ひと月あまり過ぎたころ。彼は同じ天文部の佐々木彩音と、付き合いだした。
……その事実は堪えた。ひとりで夢を見ていたと、彼が特別に好きだったと、思い知らされた。
そしてそんな気持ちを、他人に見透かされていたのも、夕夏には辛かった。
憧れた三宅と付き合っている彩音と、夕夏の気持ちを知っている航と。
ふたりと一年間、同じ教室だなんて。気まずい。
夕夏は目を閉じて、雨音と電車が揺れる音を聞いた。
そうしている内に、うたた寝をした。
最寄り駅のアナウンスで目が覚めて、慌てて電車を降りる。
ホームに降りたそのとき、スカートのポケットで、携帯電話が震えた。
夕夏は液晶画面を見て、つい、うんざりした声を出した。
「……なんで」
母親からの用件が、絵文字と文章で表示されていた。
それは、また「来客用にお菓子を買ってきて」というものだった。
……こんな天気でこんな心情なのに、どうして買い物に行かなきゃいけないんだろう。
……もう「いやだ」と言ってやろうか。娘をこき使う母親なんて、嫌いだ。
夕夏は雨空を見上げた。いっそ雷雨にならないかと思った。雷が落ちる悪天候なら、母親も心を入れ替えて、おつかいの指示を取りさげるかもしれない。
「………」
すぐに、そんな考えは馬鹿らしいと、思い直した。
――心を入れ替えなきゃいけないのは、母親じゃない。
夕夏はくすんだ景色の中、傘を差して歩き出した。
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