晴れ間

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「もっと、引きずると思った」  航はフィナンシェを飲みこんだ。 「そう?」 「まっつーと佐々木、タイプ違うから」 「ああ」  夕夏は彩音のほうを見た。  彩音は今、窓際で他の女子たちと、ファッションの話題で盛りあがっている。 「そんなふうには考えなかったな。だって彩音、可愛いし」 「まぁ、三宅にとっちゃな」 「東山も、可愛いって思うでしょう。彩音のこと」 「は?」  航の動きが止まった。 「だって昨日、それで私に怒ってきたんじゃないの?」 「………」  航は視線を泳がせてから、黙って夕夏を見た。 「違うの? ……可哀想って、かばっていたじゃない」  夕夏は頬をかいた。 「……そういうことにしとこうか?」 「なによそれ」  航はわざとらしく、首を横に振った。あてつけがましかった。 「これだけは覚えとけ。俺は身長にコンプレックスがあるけれど、小柄な子は好みじゃない」 「あ、コンプレックスだったんだ。伸びてきて良かったね」 「あと、まっつーも相当、デリカシーがないよ」  航は半分以上残っていたフィナンシェを、一気に口に放りこんだ。 「口止め料、メゾンの菓子だけじゃ物足りない。購買の総菜パンでも買ってくれ」 「え。購買のパンがいいの? メゾンのお菓子は駄目?」  夕夏は頭の中で、値段や味を比べた。今、渡したフィナンシェのほうが、高価で美味しい。 「いや。ここの菓子も好きだけど……姉ちゃんがメゾンでバイトしてるから。わりと普段から食ってるんだよね」 「は?」  今度は夕夏が、動きを止めた。 「……いくつ離れたお姉さんよ」 「四つ」 「お姉さん、可愛い感じ?」 「色気がない感じ」 「失礼なことを言うな。お姉さん、いい人そうじゃないの」 「なんで姉ちゃんの肩を持つ」 「……あー。さっきのフィナンシェ、あんたのお姉さんから貰った試食品」 「本当かよ。ますます、ありがたみねぇな」  航はふてくされ、足を組んだ。 「ま。今度改めて、なんかおごるからさ」  夕夏は軽々しく、航の肩を叩いた。  教室内がざわめいた。窓際から「見て」と、彩音たちの声。  雨あがりの灰色の空に、虹がかかっていた。 「きれいだな」 「うん。すぐに消えちゃうけどね」  夕夏は航と一緒に、虹を見た。 「また、ひねくれた言い方をして……」 「そう?」  夕夏ははっきりと笑った。 「今はほんとに、すっきりした気分だから。思ったことを言っただけなんだけどね」  視界は昨日よりも、ひらけていた。  昨日の夕方に食べた紫陽花のジュレも、爽やかな味わいで、美味しかったから。  雨が降っても、虹が出る。虹が消えても、また雨が降る。何度も繰り返し。  空模様は変わるということが、今の夕夏には、励ましに思えた。  季節は六月はじめ。まもなく梅雨入り宣言がされる時期。  雨はもっと本格的になるが、晴れ間や虹が待ち遠しくなる。  紫陽花の彩りが深くなるのも、楽しみだ。  (終)
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