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「新郎は見ての通りの男前ですが、愛美さんに出会うまでは女性の手を握ったことも無く……」
おい、何言うんだよ! とでも言いたげに博人はこっちを見て恥ずかしげに笑う。新婦の愛美さんはそんな彼を見てどこか嬉しそうだ。
「見ての通りの男前」という文字を見て、高校で初めて博人を見た時、モテそうな奴だな、と思ったことを思い出す。うちは男子校だけど、きっとこういう奴は今までにたくさん彼女でもいるんだろうな、と思ったことも。僕の予想は大外れで、彼は中々に一途な奴だった。大学に入ってから出来た初めての彼女を大事にし、ついに結婚することになったと言われた時には僕も思わず泣いてしまった。
手元の紙に目線を落とし、その先の文章を読み上げていく。学生時代、テスト前には何度も助けてもらったこと。学業優秀でスポーツも万能、更には人望も厚く、高校時代に所属していたサッカー部ではキャプテンも務めたこと。責任感が強くて、けどきちんと人の話も聞ける奴だということ。とにかくとにかく彼は良い奴なんだと、そんな思いをこめた、彼のことをすぐ傍で見ていた僕の心からの彼への言葉だ。
「些細な変化にもすぐに気が付いてくれ、細やかな気配りの出来る新郎ですが、時に鈍感で不意に見せる天然さも憎めない、そんなところも全て含めて仲間から非常に愛されている人物です」
愛美さんは分かっています、という風にニコニコと頷く。思えば彼女とも中々長い付き合いだ。二人が十九の時に付きあい出して、すぐに博人から紹介を受けて七年。穏やかでよく笑う愛美さんと博人は、傍目から見てもお似合いの二人だった。そんな二人が今こうやって幸せそうに自然と寄り添う姿を見るとこちらまで涙が溢れそうになる。しかし、二人が信頼して任せてくれた友人代表挨拶。その途中で泣くわけにはいかない。
「どうぞ、末永くお幸せに」
最後の一文まで読み終わってほっと一息つく。博人は赤い目をしてこちらに口パクでありがとう、と伝えてきた。彼の泣いた後なのに晴れやかで幸せそうな顔を見て胸が痛くなる。悪い。僕はこの大事な友人代表挨拶に、一つ大きな嘘をついたよ。
僕から見て博人は友人ではなく、想い人だ。幸せも願っているし、もちろんこの結婚だって祝福している。けれど、彼のことを友人だと、そう笑顔で言い切れるようになるにはまだまだ時間がかかる。なにせこっちは学生時代からずっと片思いしていたんだ。知らなかっただろう? 僕が君を好きだと思っているだなんて。初めて愛美さんを紹介された時にはショックだったし、結婚を報告された時も覚悟はしていたものの、約十年に及ぶ片思いの決定的な終焉に思わず泣いてしまった。なのに君は僕に友人代表挨拶なんてものを頼んできたんだ。
「友人代表挨拶?」
「あぁ、やっぱ初めて愛美のこと紹介したのもお前だったしさ、ずっと俺たちのこと応援してくれていただろ? だから、やっぱり一番お前に読んでほしいなって思ったからさ」
応援? 違う、そんな綺麗なものじゃない。止めてくれ!
「……」
「難しそう、か?」
時間やら何やらの調整は難しくない。難しいのは別の問題だ。
「っ……いや、どんな文章にしようかな、って考えていただけだよ」
「じゃあ承諾してくれるのか!? ありがとう!」
そうやって満面の笑みを浮かべる博人に憎しみを感じたのは初めてだった。友人代表、そんな言葉で僕は君の友人であることを余計に認識させられた。ほかならぬ君の結婚式で。
細やかな気配りの出来る男なのに、時に鈍感。そんな文章を書いたのは自分自身だ。こんなところに鈍感さを発揮しなくたって良かっただろう? 僕は博人のそんなところが嫌いだよ。君の、僕の気持ちを全く分からないままに、その鈍さで踏みにじった君の鈍感さが。
……けれど、そんな鈍感さも含めて君が好きだったんだ。
何だよ、泣くなよ! そんな風にタキシード姿の博人はこちらに口パクで伝えてくる。泣かせてくれよ、こんな時くらい。こっちは失恋したてなんだから。
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