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 ――こいつは母親似で女の子みたいな顔をしているけれど、小学校からずっと野球部だったし、これで意外と硬派なんだよ。  拓海は小さくため息をついた。校門の右手にある自転車置き場まで来た時、唐突に父の言葉を思い出してしまったのだ。  今朝は今にも降り出しそうな曇天で、空気が重く感じられるほど湿気がひどかった。肌が気持ち悪く汗ばみ、そのせいで昨夜の緊張感がよみがえってきたのかもしれない。  ――大きくなったら、なんだかそっくりになっちゃってね。  ワインが入っているせいか父はとんでもなく上機嫌で、奈緒も笑顔で「奥様はきれいな方だったんですね」と、そつなく答えていた。その後も会食はなごやかに続いたが、拓海本人はひどく焦った。  いいのか、そんなこと言っちゃって? 先妻の話題なんか聞きたくないだろう、ふつう?  茶色っぽい髪、はっきりした二重の目。小さい頃はよく女の子と間違われた拓海の容姿は、確かに母親譲りだった。でもそんなこと、わざわざ口に出さなくたって一目瞭然なんだし。それに先妻に似ている息子の立場って……なんかすごく微妙じゃないか?  恋人と一緒でうれしいのはわかるが、放っておけばさらによけいなことを言い出すかもしれない。拓海は父親の酔いにまかせた饒舌を止めようと、懸命に目配せしてみせた。しかし本人はまったくその合図に気づかず、かえって奈緒の方が拓海を見て、おかしそうに微笑んだのだ。  恥ずかしかった。その程度のことで動揺してしまう自分が、その幼稚なわかりやすさが。  自転車を停めながらも、ため息は次第に大きくなる。その時、 「よお、タク!」  突然、思いきり背中をどやされた。  拓海は勢いあまって、前のめりに倒れそうになる。すかさず相手が腕をつかんでくれたので、なんとか踏みとどまることができた。  アニメかよ、と拓海は自身に小さく毒づく。 「何だよ、いきなり」  顔をしかめて振り返ると、親友の佐々木順が立っていた。 「いや、朝からやけにお疲れモードだなと思ってさ。もしかしてうまくいかなかったか、顔合わせ?」 「別に」  拓海と順は幼稚園の年少組で出会って以来、高校までずっと一緒で、受験準備のために拓海は二年でやめてしまったが、部活も同じだった。そんな筋金入りの幼なじみゆえに、互いのことはほとんど何でも知っている。当然父の再婚についても、さらに昨夜が初めての顔合わせだったことも彼にはおり込み済みだった。 「まさか怖いおばちゃんだったとか」 「違うよ。逆だ、逆。全然おばちゃんじゃなかった」 「逆? へえ、いくつだよ、新しいママは?」 「二十八」 「ええーっ! うっそー!」  順のけたたましい叫び声が響く。周囲にいた生徒たちがいっせいに振り返ったので、拓海たちは顔を赤らめて、足を速めた。 「騒ぐなよ。恥ずかしいだろ」 「だ、だって二十八って……そりゃ驚くだろ?」  野球部の主将だった順は引退後の今も丸刈りにしているほど体育会系の男で、常に沈着冷静だ。体格も、中背の拓海よりさらにひと回り大きい。その彼が、いかにも女の子がやりそうな反応を見せたのだ。そのミスマッチがおかしくて、拓海は笑い出す。順もつられて笑顔になった。 「やるなあ、親父さん。でもさ」 「でも何?」 「いや」 「何だよ。言えよ」 「その、ちょっと反則っていうか、複雑っていうか」  順が急に真顔になる。大丈夫か、タク? その目がそう言っていた。けっこう本気で心配してくれている。  親友のそんな顔を見ていたら、拓海はなんだか申しわけなくなり、同時に少しずつ肩の力が抜けていくみたいな気がした。 「だよなあ」  拓海はカバンをかつぎ上げるようにして、大きく伸びをした。
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