あの日俺と親友は

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○   「サトシ……マジで、この格好なの?」  十分後、俺は激しく後悔した。  ピンク色のツインテールのカツラに白いストッキングを履けと言われた結果、ただの変態が完成。  銀河系のお姫様をイメージした衣装がスケスケピンクのネグリジェとは誰が予想しただろうか? 「ドレスっぽいのがそれしか無かったんだよ。あ、母ちゃんの勝負下着だから大事に扱えよ」  追加情報の破壊力。  余計な映像が浮かび軽く吐きそうになった。 「よし、簡単に流れを言うぞ。応接間が出逢いの場所で、悪の組織から逃げる時は廊下を走り抜け、雑踏をイメージした階段で立ち止まり二人は見つめ合うんだ」 「ん? 廊下で見つめ合う方が良くね? 何で階段なんだよ?」  再び往復ビンタをかまされる俺。 「この馬鹿ッ階段の段差を利用して人ごみを表現してるのに何で分からないんだ! 廊下じゃ雰囲気出ないだろうがッ」 「……いや、ちょっと意味わかんないよ。階段のどこに人ごみを表現してるのさ?」 「お前なぁ、この人形たちの視線を感じないのか? 俺は、少しでもお前が盛り上がるように、わざわざエキストラとして用意したんだぞ? もっとイマジネーションをバーストさせろよ!」  口から泡を飛ばし熱弁するサトシ。  へー。階段の人形にそんな理由があったのか。だけど、これを聞いて“確かに”と思う奴より“サイコかな?”と怪しむ奴の方が大多数だと思うぜ。  だが、反論すると後々面倒なので黙ってサトシに従う。  茶番をさっさと終わらせるべく、裏声で『待ってサトシくん! ルーラは……もう走れないルン』と情感たっぷりに演じると『諦めるなルーラ! もう少し頑張れッ』とサトシもイケメンサトシになり切っていた。 『もう、ここでお別れルン……さよなら……サトシくん』 『ルーラッ』  必死の形相でルーラ(俺)を引き止めようとするサトシ。  夕焼けのオレンジ色が俺たちを包み込み、より一層切なさを掻き立てる。 『俺を、置いていくな……』  演技とは思えないほどの悲しみに満ちた声が、階段で響き渡った。  サトシ……お前がこの作品にどれほど思い入れがあるのか今わかったよ。“くそつまんねー”とか思ってごめんな。お前のその表現力……悪くないぜ。 『離れても心はサトシくんの傍にいるルン。ルーラはサトシくんを想い続けるルン』  アドリブでルーラの心を表すと、サトシもそれに応じた。 『俺もだよ。愛してる、ルーラ……!』  そして俺を抱きしめるなり熱烈なキスをブチかましたサトシ。まるで吸引力が変わらない掃除機のように、長く凄まじいバキューム力だった。 「……やっべー。つい役に入り込みすぎちゃったよ。……あれ? カズヤ? お前白目剥いてるけど、どうした? ……エッ息してねぇ……!」    気絶した俺はあの姿のまま病院に運び込まれ、一躍有名人になってしまった。  こけしや埴輪よりも虚無顔だった父と母。  夏休み最後の思い出が、女装や親友のえげつない口吸いと、何事かと俺を取り囲む医師たちの冷ややかな視線で締めくくられた。          完 eee630cc-e8b9-4d3b-910c-ef4d4329cb5e  
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