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二日後、俺はサトシに連れられて古い家屋にいた。
顔を取り替えたヒーローのごとく元気いっぱいになった親友が『俺、後悔したくねぇからやりたい事全部トライしていくよ!』と宣言し、何故か俺を巻き込むカタチでそれが始まった。
『映画とかでさ、秘密を抱えたお姫様がお忍びで街に出たら、悪い奴に絡まれ偶然居合わせた平凡な少年と一緒に逃げる内に恋が生まれるって話、ああいうのやってみたかったんだよなー』
そう言いながら何故かひな人形を階段に並べていく親友。
『ばあちゃんいねぇし好き放題出来るぜ!』というパワーワードに惹かれてやって来たのに、サトシは大量のこけしや埴輪などの置物をひたすら足元に置く作業に没頭中だ。
「なぁサトシ、これ何やってんの? エロ……DVDとか見るんじゃなかったの?」
「見るんじゃなくて作るんだよ! 俺たちの映画をな!」
「……え、何? ホラー映画?」
「ちげぇよ! 青春ラブストーリーに決まってんだろうが!」
急に巨匠監督のような荒ぶった声を出す親友。
ホラーじゃなければひな人形や埴輪を置く理由がますますわからない。
「よし、こんなもんだろ。じゃ、台本の読み合わせしようぜ! お前はルーラちゃんね」
A4サイズの紙を俺に押し付けたサトシ。移動呪文みたいな役名はともかく『待ってサトシくん! ルーラはもう走れないルン』と目を疑うセリフに戸惑う俺。
「何これ? 語尾に“ルン”って毎回付いてるけど誤字じゃないの?」
「ルーラちゃんは銀河系のお姫様だからな。母国の言葉が抜けないんだよ。だから“ルン”は半音上げて言えよ」
親友の意味不明なこだわり。絶対幼女アニメの影響だと思われるが、俺が銀河系美少女でサトシはサトシのままだという謎設定もひとまず飲み込み、台本に目を通す。
“銀河系悪の組織に狙われたルーラはサトシと手を取り合い雑踏の中を走り抜けた”
うん。よくある設定だ。でもそれは都会限定でド田舎ではまずありえない。祭りかマラソン大会ぐらいしか人がごみごみしない。
“『さよならサトシくん! またいつかどこかで会うルン!』『ルーラァァァァッ』ルーラはさよならのキスをしてサトシの前から消えた”
なるほど、サヨナラのキスね。これもありがちだけど、俺ら二人がやるべきシーンではない。
「サトシさぁ、このキスシーン要らなくね? てか、お前とキスとか普通にムリなんだけどーー」
すると、巨匠サトシが俺の顔をビンタ!
「カピバラ似のお前となんざ、俺だって無理だわボケ!」
「エッ……じゃあ何でわざわざ入れたんだよ?」
「馬鹿ッ元々これは知り合いの女子に演じてもらうはずだったんだよ! ーー誰も俺の台本を読もうとすらしなかったけど……」
魚類系のサトシが顔面を歪ませて床を殴る。作った物を誰にも見てもらえないなんて、確かに悔しいよな。
でもさ、そもそもお前に“知り合いの女子”なんて居ねぇだろ? 親しくもない女子に頼んだって『キモい』と言われるだけだ。俺が女子の立場なら間違いなくそう言う。
しかしメソメソ泣く親友を見ていると、あまりにも惨めで何とかしてやりたいと思った。
「サトシ、出来る限りルーラちゃんらしく振る舞うから元気だせよ。で、キスはナシで雰囲気だけそれっぽくすればいいよな?」
幼子のように鼻水を垂らしウンウン頷くサトシ。
顔も性格も最悪なのに、長年の付き合いで俺は奴を嫌いにはなれなかった。
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