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馬車の外に引きずり出されて人目に付かないようにか森の中に連れて行かれる。手は後ろ手に縛られている。周りの男たちはガタイも良く、人数も多く、戦っても勝てそうにない。そもそも俺は騎士じゃないし武闘派じゃない。外交を少しするくらいの体力しかない。護衛の皆も満身創痍っぽいけど死にそうな人は居なそうだった。皆縛り上げられて馬車の方に置いていかれてたけど。森の中をどう連れて行かれるか、必死に道順を覚えておく。
(ただの賊じゃない……かな?)
金銭目的なら俺を森の中まで連れて行く必要はないわけだし、敵の仲間の方に俺を見ながらにやにやと嗤う男がいる。確かあいつは一応城で働いていたはずだ。つまり今の状況には何か国の内部の問題が関わっている可能性がある。
大分森の奥、街道からも大分遠いところまで来たな、と思っていると背中を思い切り蹴られて地面に這いつくばる形になる。
「……っ。」
身体の痛みを受け流して上を見上げる。俺を見下した男たちが面白そうに嗤っていた。悪趣味な表情にあまりいい予感はしない。痛い目にあうことは確かだろう。そう思っていると男たちの間から、森の中には似合わない扇情的な赤が現れた。その横にはピンクと水色のワンピース。
「あら、お父様ったら這いずっちゃって!みすぼらしい。」
「えー?あれがお似合いよ。王子様に媚び売るようなお父様はね!!」
姉の方はそう言って俺を蔑むような目で見てきた。妹も笑ってはいるがその目はねっとりとしていて、その中にある感情は……
(そうか、あれは、嫉妬か。)
嫉妬を含んだ嫌悪。そんな感情を俺に向けていた。チェネレとお近づきになれないのが俺のせいだとでも言いたいのだろうか。馬鹿じゃないのか。俺が居ようが居なかろうが、お前たちみたいな性格の悪い女をあいつは決して選んだりしないだろう。そう思って嗤ってやると娘たちは目元を釣り上げた。
「なにこいつ!目つきが気に入らないんですけど!!」
「目玉潰してやろうか!!」
そう言って俺の方に踏み出そうとした妹を妻が窘める。
「まあまあお待ちなさい。まだまだ可愛い坊やですもの。私の夫と言ってもお痛をしたくなる気持ちはわからなくもないわ。私ももう、若くはありませんものねえ。」
妻は俺の前に歩み寄ってそう言う。その言葉に城で働いていた男が
「とんでもない!!あなたの美しさが分からないなんてその男が可笑しいんです。」
とか言っている。ああ、そういう関係な訳ね。妻は俺を見てニコニコしていた。しかしその目をスッと細めると
「でもね、やって良いお痛とやっちゃいけないお痛があるでしょう?」
と言った。そうしてそのヒールのついた足で俺の背中をグリグリと踏みつけながらヒステリックに叫ぶ。
「王子を誑かすなんて言語道断よ!!」
背中から内臓を圧迫されて苦しいし、何よりヒールが当たっている皮膚が痛い。穴が空きそうな、尖っているもので刺されているような痛みだ。でもそれより聞き流せないことを言われた。
「俺はあいつを誑かすなんて、あいつに嘘をついたり騙そうとしたことなんてない!!」
それは本当だった。チェネレは俺の大切な人で、かけがえない人で……!!
「でも好きなんでしょう?」
いきなり甘ったるくなった声がするりと胸の中に入ってくる。その感覚が気持ち悪い。
「王子様が優しいから勘違いしちゃったんでしょう。」
気持ち悪い、やめて欲しい。
「親族を押し切って結婚したっていうの奥さんも可哀そう。こんな気持ち悪い男に愛されて!!」
「がっ!!!」
強くなる語尾と一緒にヒールを落とされて口から声が上がる。
気持ち……悪い……。
俺の想いは、サンレを裏切っているのだろうか。
友達だと思ってたチェネレを裏切ってるのだろうか。
視界の下半分がゆらりと揺れる。目元が熱くなってくる。
「それにあなたがいることで王子の立場が悪くなるんですよ。」
城で働いていた男が俺の顔を覗き込むように屈む。
「チェネレの……立場が……?」
痛みで息が切れて、言葉が途切れ途切れになる。
「ええ。王子が若い男の元に足繁く通う、なんてどう考えてもいい噂ではないでしょう。」
それは……そうかもしれない。俺にとってかけがえないあの時間が、彼の首を絞めていたのか。そう考えれば絶望的な気分になった。目から表面張力を越えた涙が溢れた。そんな俺の顔を見て男は満足そうに笑って言った。
「ですから王子のためにも死んでください。」
ああ、仕方ないかな。チェネレのためなら……。そんなことを考えてしまって、俺は抵抗するのも諦めてしまった。
「―――そんなの全然、俺のためにならないんだけど?」
凛とした声がその場に響く。
こんな森の中に似合わないその声にその場にいた全員がそちらに目をやる。そこには馬に乗ったチェネレがいた。俺を含め、その場の人間が息を飲み目を見開く。
「チェネレ……。」
掠れた声で彼の名前が喉から零れた。城で働いていた男がバッとその場に膝をつく。それに続いて周りのやつらも膝をついた。チェネレはそんな中で俺と視線を合わせて、俺を安心させるような笑顔を浮かべた。それからチェネレは後ろに連れてきた警察に奴らたちを連行するように命じる。温度が無い、冷たい声だった。
「アシェン!!」
馬を降りて俺に駆け寄ってくるチェネレ。手が縛られているから伸ばせないから必死で体をよじってチェネレの方に動こうとする。地べたに這いつくばって踏まれて、泥だらけで傷だらけな俺をチェネレは躊躇わずに抱きしめてくれた。ああ、安心する。チェネレが、迎えに来てくれた。助けに来てくれた。今度は安堵から涙が溢れる。
「ただの夫婦喧嘩ですわ!!王子様に出てもらうわけには!!」
妻が叫ぶのが聞こえて体が強張る。チェネレはそんな俺を安心させるように抱きしめ、手でポンポンと背中をさすってくれた。そうして俺がチェネレの胸に顔をうずめることになっているとチェネレが振り返るのが分かった。
「へぇ?アシェンを殺すことが、ただの夫婦喧嘩?」
妻がその言葉に息を詰まらせるのが聞こえる。
「証拠は全部揃ってる。城にいた共犯者も全部捕まえた。首謀者はあなただ。」
チェネレの言っていることがよく分からなかった。けれど妻にとっては痛いところだったようで
「そんな気持ち悪い男を助けてどうするの!あなたは王子で、わが国では同性の結婚は認められてない!!!」
とヒステリックに喚き散らす。そんな妻に向けてチェネレは一枚の紙をぴらりと見せた。
「通ったんだ。昨日議会で。」
―――同性でも身分差があっても結婚できる法律
息を飲んだのは誰だったか。気が付いたらチェネレが微笑んで俺の顔を覗き込んでいた。いつの間にか手の縄は解かれている。
「あなた、その坊やのために法律を変えたの?!」
妻がそんなことを叫んでいるのがどこか遠くに聞こえる。チェネレがその緑の瞳で俺をまっすぐに見つめる。いつかの、酒を飲んでいた時に話していた時と一緒だ。射抜くような眼差し。あの時、話していたことは―――――
「アシェン、君が好きだ。ずっと前から好きだった。どうか俺と結婚してくれないか?」
あの時よりもずっと真面目にチェネレがそんなことを言う。
だから、
一瞬、
心臓が止まった気がするくらいだった。
胸がきゅっとなって頑張って血を送り出すから、顔だけじゃなくて全身が熱くなるくらいで。
「その男は、私と結婚してるのよ!!離婚なんて認めないわ!!!」
妻が叫ぶ言葉に冷や水を浴びせられる気分だった。確かにそうだ。俺は、あの女と夫婦で
「本来なら離婚は両者の承諾が必要だろうね。けれど、今回ばかりは特例だろう。」
チェネレが妻を見て言い放つ。
「夫を殺そうとした女が妻?そんな女なら一方的に離婚も認められる。」
その言葉に妻はギリッと歯を噛み締めた。そうしてそのまま連行されていった。
「それで……どうかな。アシェンが言えばあの女との離婚は可能だし、その上で俺との結婚を考えてもらえないか?」
チェネレが改めてそう言って俺の手を両手で包み込んでくる。良く見ればチェネレの頬は恥ずかしさからか赤みが差し、その表情はどこか緊張していた。
「……彼女とは、離縁する。」
だけど――――――――。
俺はチェネレの顔を正面から見て口を開く。ああ、胸がぎゅうって締め付けられて、瞳に涙が溜まる。
「俺なんかで、良いのか?俺みたいな男にお前を幸せに出来るのか?」
「出来る!!」
間髪入れずに即答されて、少し驚く。
「俺は!!ずっと!!ずっと!!アシェンが好きだった!お前以外とは幸せになれない!!」
叫ぶような告白は、どこか悲痛で。ずっとと言う言葉が、一体いつからなのか具体的には分からなかったけれど、きっとそれはサンレと出会うよりも――――――。瞳から涙が零れる。さっきも零れたけど、今度のは全然意味合いが違う。チェネレの手を握り返して笑う。
「俺にチェネレが幸せに出来るなら、喜んで。」
それで俺も、幸せになれるから。
泣き止んだ俺を馬車に乗せてチェネレが怪我の手当をしてくれる。俺の体が傷だらけなのが悔しいのか悲しいのか表情はずっと歪んだままだけど。
「そういえば、どうしてあの場に駆けつけられたんだ?」
ふと気になっていたことを尋ねてみる。
「ああ、アシェンの暗殺の噂を聞いたから監視をつけておいたんだ。」
何かサラッと二つくらい衝撃の真実を告げられた気がするんだけど。そう思って口を開こうとすると
「あと、あの子。」
スッとチェネレが窓の外を指差した。
「あ……。」
そこにいたのは白い鳥。サンレの墓に植えたハシバミにとまっていたのと同じ鳥のように見えた。
「馬車のところまで来たのは良いけど、アシェンが森の中に連れて行かれたって聞いて焦ったんだ。そしたらあの鳥が導くように俺たちの前を飛んでくれた。」
白い鳥は俺の方を見ていた。鳥の表情はよく分からないけれど、なんだか穏やかそうに見える。鳥はしばらく俺を見つめると飛び立ってしまった。思わずそれを目で追ってしまうが、すぐに空の彼方に見えなくなってしまった。
ツンツンと軽く肩をつつかれる。振り返ればどこか照れ臭そうに、でも少し拗ねたような表情をしたチェネレがいた。どうやら放っておくなと言いたいらしい。
「ありがとう、チェネレ。」
そう言って笑ったら頬を赤くした。ああ、本当に彼は俺のことが好きなんだな。そしてそんな彼を見て、俺も顔が熱くなってしまう。
「俺もチェネレのこと、好きだから……。」
だから、一緒に幸せになろうな。顔を真っ赤にした彼に追い打ちをかけるように、頬に触れるだけのキスをした。
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