シンデレラはいない

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 「家にいるのが辛い。」 仕事が終わり、城の仮住まいに帰る前にアシェンはチェネレに夕食に誘われた。チェネレはアシェンより二つ年下のこの国の王子だった。アシェンとは幼い時からの幼馴染だったため仲が良く、仕事の時間以外は主従関係をあまり意識せずに付き合える友人だった。黒い髪には緩やかにカーブがかかっていて、その緑の瞳はいつだって優しく輝いていた。アシェンの髪は薄い金色をしていて、その瞳も色の薄い、緑がかった茶色だった。学生時代は先輩と後輩でもあった二人だが、立場の関係もあってすっかり今ではため口だ。 「一応まだ新婚だろう?……前の奥さんがいなくなってしまって辛いのは分かるけど……。」 「新婚か。彼女はそんなこと思っちゃいないさ。」 チェネレの奢りで夕食を食べ、酒も入ったためにアシェンの口は軽くなっていた。護衛の者たちは少し遠くにいるため二人の会話は聞こえない。 「へぇ?」 「彼女は俺を金を運んでくる坊やだとしか思っていないんだ。」 ため息をつきながらグラスの酒をあおる。チェネレはそんな彼を見て目を細めた。 「まあ、年の差もすごいからね。彼女、君の年齢の倍くらいの年だろう。」 「ああ。娘の方が年が近いとか、意味が分からないよ。」 二人の娘は上の方がチェネレと同い年で、下の方がそれより三つ年下だった。二人はいやみったらしくアシェンをお父様と呼び、父親なら欲しいものを与えてくれるのが普通だと色んなものをたかってきた。これならまだ仕事をして家を離れているほうがマシだ。アシェンはその想いを払うように頭をゆるりと横に振った。それから話題を変えようと 「お前もそろそろ結婚するんだろ?王様が舞踏会を考えてるとか仰ってたじゃないか。」 と口にした。チェネレはその言葉に眉間に皺を寄せた。 「結婚なんてしたくないよ。特に君の話を聞いてるとね。」 お手上げと言った風に肩をすくめて彼が言う。 「おいおい、俺のせいで結婚したくないなんて言わないでくれよ?王様に俺が恨まれる。」 冗談めかして言えばチェネレは可笑しそうに笑った。それから口元に微笑を浮かべたまま口を開く。 「結婚するなら、どこかの女性よりアシェンとの方が良いな。」 そんなことを小首を傾げて、アシェンの心の中に矢を放つような視線を向けながら言う。その視線が鋭すぎてアシェンは心臓を射抜かれたような心地がした。慌てて視線をそらしながら笑って茶化す。 「そうだな。確かにお前と結婚出来たら楽しいだろうけどさ!」 チェネレはそんな態度にクスッと笑いを零してから冗談を言うような口調で会話を続けた。 「そういえば隣国では同性での結婚が認められたらしいよ。」 「それは思い切ったことを……。」 「これからの時代にはそういう事も必要だと思うけど?」 そんなことを言いながら二人は軽く酒を飲んだ。  「お父様ー!私にドレスを買ってちょうだい!!」 「私にも!!良いでしょう、お父様!!」 「舞踏会のために必要な経費だわ。良い物を買いましょうねぇ。」 王様がチェネレの結婚相手探しのために舞踏会を開くことになった。その招待状は我が家にも届き、この騒ぎだ。 「皆この前ドレスを買ったばかりだろう。それでいいじゃないか?」 内心ため息をつきながらそう言えば、娘二人から睨まれる。年が近い女子の視線は怖い。年上の女性の視線はさらに怖い。 「女性のドレスを甘く見てるのかしら?」 「もっと可愛くしなきゃ駄目よ。可愛らしいフリルたっぷりのものが良いわ。」 「宝石を散りばめてるドレスも売ってたわよ!!」 俺の意見は聞かずに彼女たちは勝手に話を進めていく。これは止まりそうにない。俺はそれを見ながら自分の服の新調は諦めようと思った。 「あなたも行くのよ。私の夫として。」 妻のその言葉に俺はため息をついた。 そうして舞踏会の日はやって来た。馬車で城まで移動する。いつもは少し楽しいくらいの城までの道のりがこの日ばかりは息がつまる様だった。 上の娘はピンク色でフリルたっぷりの甘い感じのドレスを着ていて、下の娘は青ですっきりしているがあちこちにキラキラした宝石が付いているドレスを着ていた。さらに妻も赤のドレスを着ていて、年相応に見えるが金や銀の糸でたくさんの刺繍が施されているものだった。そんな彼女たちを横目で見ながら、窓の外に目をやる。 (チェネレは今日、結婚相手を決めるのか……。) 知らないうちにそんなことを考えてため息をついていた。
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