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そうして始まった舞踏会。知り合いに妻を連れ立って挨拶をしに行く。一通り挨拶が終わると妻はどこかに行ってしまった。きっと俺が知らないところで行っていた社交パーティーとやらで知り合った連中にでも会いに行ったのだろう。俺のような坊やは相手にする価値もないのだ。娘たちは舞踏会の料理を食べながら王子が現れないと愚痴を言っている。
ここにいてもうんざりするだけだ。チェネレが結婚相手を選ぶところを見たいわけでもないし俺もちょっと風にでも当たってくるか……。
そう思いながら勝手知ったる城の庭に出る。甘い香りが漂ってくる方に足を運べば、チェネレ自慢のバラ園が現れる。彼が自分で管理をしたりしている場所だ。月明かりに照らされ、夢のように美しいこの場所も、舞踏会が屋内で行われている今は誰もいない。これなら少しは落ち着けそうだ。
設置されている白いベンチに腰掛ける。以前もここに座ったことがある。
そうだ、あの時は
「結婚おめでとう。」
チェネレはそう言って笑った。
「ありがとう、お前も良い嫁さん見つけろよ。」
「まだ早いよ。」
そう、俺と前の妻の結婚を一番喜んでくれたのは彼だった。
空を見上げればバラの香りの向こうに月が見える。彼女は、俺が愛したあの人はもう向こうに行ってしまった。月に届くわけもない手を伸ばす。……ああ
「お前は、幸せになれよ。」
間違っても俺みたいになるな。そう思えば目に涙が浮かんだ。それを抑えるために伸ばしていた手を目元に当てた。その時、
「泣くなよ、アシェン。」
唐突に名前を呼ばれて肩を跳ねさせてしまう。そんな俺を見て声の主は声をあげて笑った。
「笑うなよ。っていうかお前、舞踏会は?」
問えば彼は正装のマントをひらめかせながら俺の隣に座った。
「父上が勝手に決めたことだ。俺の嫁はあそこにはいないからね。」
俺は何故だかその言葉にほっとしてしまっていた。自分でも自分の心境に驚いているとスッとチェネレの指が俺の涙を拭った。
「な?!」
「今は、そんな顔してるアシェンを泣き止ませる方が優先だしね。」
そう言って優しく笑うチェネレに胸が苦しくなる。
「俺のバラ園、綺麗だろ?」
チェネレがそう言って立ち上がる。ふわりとバラの香りを含んだ風が吹いた。
「ああ、綺麗だな……。」
ぼんやりと俺が言ったその言葉は、果たしてバラに向けられたものだったのか。
「良かった。お前がバラ好きだって知ってから、ずっと作ってて。」
「は?」
何か信じがたいことを言われた気がするが彼はいたずらっぽく微笑むばかりで答えてくれない。月明かりが彼の顔に陰影を作っていて綺麗だなんてぼんやりと思ってしまう。
「踊ろうか。舞踏会なんだし。」
そう言ってチェネレは俺に手を差し出した。仰々しいその態度はまるで俺を姫のように思わせた。けれど、俺は姫じゃない。視線をそらし、上げかけた手を引っ込める。
「男同士で踊るなんて、踊りのパートも同じなのにどうやって。」
チェネレは俺の言葉に可笑しそうに笑った。
「別に習った踊りじゃなくていいだろう。適当にくるくる回って、跳ねて、手を取って踊れば良いんだよ!」
そう言うと彼は無理やり俺の手首を引いて俺を立ち上がらせた。俺たちを照らすのは月明かりなのに、彼の笑顔は太陽のように眩しい。俺の手を取った彼は楽しそうに嬉しそうにバラ園の中心でクルクル回る。それに応えるように風が吹きバラの花びらがひらひらと彼の周りを舞った。そんな幻想的な景色になんだか俺まで心が跳ねて、形式ばらず心に任せてステップを踏んだ。そうすると気分が晴れる気がした。チェネレはきっと俺を励ましてくれているのだろう。昔から、学生の時から、彼はいつだって俺を励ましてくれた。
しかし楽しい時間はそう長くは続かない。零時の鐘が鳴って俺はハッとした。
「そろそろ帰らなければ。」
明日は城ではなく隣国に行く仕事がある。
「泊って行けばいいのに。」
「仕事があるんだ。知ってるだろ?」
チェネレは不服そうにしながらも
「また今度。」
と言ってくれた。会場に戻り、娘と妻を探す。馬車は1台なので一緒に帰らなければいけない。
「はぁ?まだ王子様と会ってないのよ?帰らないわ。」
「お父様だけ歩きで帰ったらー?」
そう言われて俺は頭を抱えた。一緒に帰る気はないようだ。仕方がないので従者に頼んで俺を送った後、もう一度娘と妻と迎えに行くように頼んだ。従者は少し不服そうだったが頷いてくれた。俺を一人で帰らせて賊に襲われたりしたらシャレにならないと思ったのだろう。そうして家に帰った俺は明日の仕事の準備をして眠りについた。
色とりどりの花が咲き乱れる花畑。花の名前にはあまり明るくないので、どれもなんだか分からない。きっと彼女だったら、花が好きな彼女だったら分かるんだろうな、なんて思った。
「久しぶり。」
いきなり後ろから話しかけられて驚く。そこには、もういなくなってしまったはずの彼女が立っていた。
「サンレ……。」
名前を呼べば彼女は嬉しそうに笑った。ああ、彼女がここにいるはずがない。
「そうか、これは、夢か。」
呟けば彼女は頷いた。
「そう、これは夢だよ。」
夢なら夢で構わない。彼女と会うことが出来るのなら、それは。しかし彼女は眉間に皺をよせていた。何か気に入らないことがあるのだろうか。夢ならもっと笑っていて欲しいのに。
「私はいつでもあなたを見守っているわ。……あなたに幸せになって欲しいの。」
サンレは泣きそうな顔をしていた。彼女がいなくなってからの俺は確かに幸せとは程遠い生活を送っている。俺は口を開いては閉じ、結局何も言えなかった。
「あの人ならともかく、あんな女にアシェンを渡す気なんて無かったのに!」
サンレは悔しそうに表情を歪めた。あんな女とは今の妻のことだろうか。
「ごめんなさい。私と結婚したせいで、あなたを不幸にしてしまった。」
彼女はそう言って涙を流した。俺は慌ててその涙を拭う。俺が幸せにならないと彼女を泣かせてしまうのだろうか。でも幸せなんて、彼女が居なければ……。どうにか泣き止んだ彼女は俺を見上げて言った。
「明日、隣国に行った時、初めにあなたの肩に当たった枝を私の墓に植えてください。」
「は?枝?それならもっと花とか」
「いいえ。枝よ。あなたの肩に初めに当たった枝。」
彼女は頑として譲らなかった。仕方なくその言葉に頷けば彼女は満足そうに笑った。
「絶対だからね。忘れないでね。」
そういう彼女の姿が遠くなっていく。待ってくれ!まだ、話したいことが、たくさんあるのに!!そう思って手を伸ばしても届かない。遠くに見える彼女は微笑んで口を開いた。
「幸せになってね。」
その言葉で俺は目が覚めた。
時計を見ればもう起きなければならない時間だったのでそのまま起きて家を出た。
隣国には馬で行くことになっていた。護衛と一緒に馬で道を駆ける。そうして少し道が悪くなったところで肩に枝が当たった。俺は夢を思い出してその枝を手折ってそのまま隣国に向かった。
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