シンデレラはいない

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 「お久しゅうございます。」 そう言って俺が頭を下げるのは隣の国の大臣だ。仕事の話を一通り終え、俺は気になっていたことを尋ねた。 「そう言えば最近同性でも結婚できる法を定めたとか。」 「ああ、同性でも身分差があっても結婚できる法ですな。」 同性だけじゃなく、身分差もか。 「愛があればどんなもの同士でも結婚できるということです。結婚したくても出来ないというのは辛いことでしょう。国民たちの幸せを考えて作られました。」 その言葉に頷く。まだ俺の国ではそういう法律は作られていないが隣国で作られたとなると、制定されるのもそう遠い日ではないかもしれない。 「王は新しいことには慎重ですから。」 そう苦笑すれば大臣は少し考えて 「しかしあなたの国の王子は新しいことに前向きではありませんか。」 と言った。そう言えば確かにそんなことを言っていたな。俺は頷くと 「確かに。議題に上がる日も近いかもしれませんね。」 と返した。  隣国への滞在は1週間ほど続く。色々と話し合う事があるからだ。 「よう、アシェン。」 1日の仕事が終わり息をついていたところで後ろから声をかけられた。振り向くと赤みがかった茶髪の男……隣国の王子のスビューが立っていた。ニコニコしながら嬉しそうに手を振ってくる。俺と同い年の彼は気軽に俺に話しかけてくる。悪く言えば馴れ馴れしい。チェネレならともかく隣国の王子にため口で応じるわけにもいかない。近づかれると彼の方が背が高いので見上げる形になってしまう。 「お久しぶりです。スビュー王子。」 「ため口で良いって言ってんのにー。」 彼は口を尖らせながら不満を漏らした。 「そうはいきません。」 「お前、奥さんと上手くいってないんだって?」 いきなり目を細めて言われた冷たい言葉に喉が詰まる。言葉が出てこない。 「噂になってるぜ?旦那不在の社交パーティー。城でも目ぼしい浮気相手を探す婦人って。」 知っている。知っていた。 「まあ見た目だけは綺麗らしいけど、ありゃ腹の中は真っ黒だろ。」 そうだ。妻は確かにどす黒い蛇のような女性だ。確かにそうだけど、それをストレートにぶつけて、人の心を抉る目の前の男は何がしたいのか。 「勿体ないよな?お前だってこんなに綺麗なのに。」 「は?」 顎の下に指を差し込まれてくいっと上を向かせられる。俯いていたのに、無理やり目を合わせられる。何をふざけているのかと睨めば楽しそうにほほ笑まれた。 「知ってるか?俺の国、新しい法が出来たんだぜ。」 それはやはりあの結婚に関する法のことだろう。それが何なんだと思う。 「俺ってまだ独身だろ。相手の範囲が広がりまくっちゃってな?」 確かに同性がOKならそれだけで倍増だし、身分差がOKなら城のお手伝いさんとかにもチャンスはあるのだろう。でもそれを何故今言う必要があるのか。そろそろ顎の下の指を離して欲しい。うざったいなと言う思いを込めて睨んでいるとスビュー王子は楽しそうに笑った。 「お前もありだと思うんだけど?」 その言葉に咄嗟に後ろに飛びのく。そんな俺の行動にスビュー王子は目を丸くしてからやはり楽しそうに笑った。それから両手をパタパタ振って 「冗談、冗談。」 と言った。冗談にしてもたちが悪い!冗談でなければ困る!!俺はスビュー王子を睨んで 「失礼します!」 と言って早足にその場を去った。  そうして与えられた客間のベッドに倒れこむ。隣国にいるだけで疲れるのに、スビュー王子に絡まれるとさらに疲れる。早くも俺は自分の国が恋しくて仕方なかった。ただし、家じゃない。家はある意味この世でもっとも疲れる場所だ。可笑しい話だが、俺の一番落ち着けるところはチェネレがいる、あの城だった。 ぼんやりと荷物から折った枝を出して弄ぶ。ベッドの上でぼんやりとする。 (そうか、あの法が俺の国でも出来たら、チェネレと結婚することも可能なのか。) そんな考えが浮かんでハッとする。いやいやいやいや、チェネレは友達だ!学生時代からの後輩で王子様だ!!それに……俺は既婚者だ。たとえ幸せじゃなくても、妻がいて娘もいる。家庭に愛が無かろうとそれは変わらない。そんな俺は他の誰かと結婚できるわけもない。 「君は幸せになれって、言ってくれたのにな。」 サンレ……。彼女の名前を抱きしめながら俺は眠りについた。  「結婚するならどういう相手が良いんだろ。」 「な、何言ってるんだよ?!」 ぼんやりと教室で呟けばチェネレが慌てて駆け寄ってきた。 「いや、卒業したら結婚を考えろって言われてるんだけど……。お見合いの女の子とか、全然ピンと来なくて。」 「……理想のタイプは?」 チェネレはいつになく真面目な顔で俺を見てきた。こいつ、コイバナにガチになるタイプだったのか。後輩の知らない一面に感心しながら考える。 「やっぱり、優しくて心が綺麗な人かな。」 ありきたりだが、理想なんてそんなものだろう。チェネレは少し考えて 「それってやっぱり女の子?」 と少し拗ねたような顔で尋ねてきた。俺はそれに首を傾げた。 「結婚相手の話なんだから女の子だろ。」 そう言えばチェネレはため息をついた。なんだこいつ?疑問に思いながらも俺はフォローの言葉を投げかける。 「結婚の条件なしなら、お前も好きだよ。純粋に。」 そう言えばチェネレは複雑そうな表情で顔を赤くした。 「これだからアシェンは!!」 叫ばれたが俺には意味が分からなかった。サンレに出会ったのはそんな学生時代の最後の年だった。同じ学年のどこかの令嬢のお付きとして彼女は転入してきたのだ。最初はそこまで興味が無かった。美しい銀のような白い髪に赤い瞳。珍しい色だとは思ったけれどそれだけだった。気になったのは彼女の主人である令嬢を甲斐甲斐しくお世話をしている所だ。あんな健気なお付きがいるのかと思った。  ある日、放課後サンレは教室内の掲示物の張替えをしていた。聞けば教師に頼まれたのだという。良い機会だったので手伝いながら、どうしてあんなに主人に尽くすのか尋ねてみた。 「当たり前のことです。ご主人様ですから。」 そう言ってほほ笑む彼女を見て、あの忠誠は彼女の気質なのだと分かった。話していくうちに彼女の人となりが分かる。 「君は優しいね。」 そう言えば彼女は驚いて、それから笑った。 「アシェン様もお優しいですよ!」 優しくて、心の綺麗な人。出会ってしまった。そう、俺は運命の人に出会ってしまったのだと思った。  彼女と過ごし、結婚して、三年も経たないうちに彼女は逝ってしまったけれど、俺は確かに幸せだった。幸せだったんだよ。けれど彼女はもういないのだと、墓の前に来て改めて実感してしまう。 彼女の望みは俺が幸せになることなんだろうか。優しい人だったから、本当にそうなのかもしれない。俺は取ってきた枝を墓の横に刺した。枝を植えると言っても良く方法が分からなかったからだ。これで一つ、約束は果たした。そう思って俺は墓を後にした。  枝の植え方はあれで良かったのか分からないが墓に行くたびに枝から葉が出て成長し、異常ともいえる速さでそれは5メートルほどの木になった。しかし俺には名前が分からない。通りかかった老人に尋ねればそれはハシバミだと言われた。 「ハシバミか……。」 そう言えばチェネレにもサンレにも瞳の色がハシバミ色だと言われたことがあった。そんなことを懐かしんでいれば何やら白い鳥が木にとまるのが見えた。ハシバミならナッツが取れるからそれを食べに来たのかもしれなかった。  気が進まないが家に帰れば家の中の模様替えがされていた。主人がいないのにやりたい放題だ。壁紙も家具も豪奢なものに変えられている。趣味が悪いと眉を寄せてしまう。 それからふと気が付いて俺は歩く速度を速めた。サンレの部屋には入るなと妻にも娘にも言ってあった。そうして昔から使えてくれている召使いに手入れを頼んでいた部屋だった。嫌な予感がして、心臓がドクドクと早くなる。嫌だ。嫌だ。胸の下が押されて苦しくなるような、息がつまる様な感じがする。そんな想いの中で開いたサンレの部屋は、すっかり悪趣味なものに変わっていた。あんまりだろう。あまりの事に絶句していると後ろから猫なで声がした。 「気に入っていただけましたか?」 ゆっくり振り返れば、そこには満足そうな笑みを浮かべた俺の妻が立っていた。 「なんでっ……。なんでこんなこと!!ここには入るなと言ってあったはずだ!!」 居場所がない家で自室以外に唯一昔を思い出せる癒しの場所。愛した人の大切な場所。しかし妻は俺が叫ぶのも気にせずに笑ったまま近づいてきた。喉の奥から引きつった声が出てしまう。ああ、どうしてこんなにも恐ろしいのか。 「前の女のものがいつまでも残ってるなんて……。妻の可愛い嫉妬故にですわ。」 俺より背が低い女はそう言って俺の頬を包み込むようにする。 「ね、私の愛しい旦那様?」 ああ、この女は、俺を逃がす気はないのだと思った。  すっかり悪趣味になったサンレの部屋は隣の部屋とつなげて妻が自室として使うようだ。一階部分もいつの間にか改築されていて社交パーティー用の広間になっていた。 「お客様の部屋が足りないんですって。」 「お父様の部屋は屋根裏で良いわよね!」 娘二人がそんなことをケラケラ笑いながら言って、俺の部屋は屋根裏になった。仕事に必要なものや家具を移動させることは出来たけど設備の充実は出来なかったため寒い。やっぱり家にいるより働きに行った方がマシだ。とりあえず家の改築にお金をたっぷり使われてしまったので服の新調は今回も諦めよう。
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