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「隣国への出張、お疲れ様。」
城の廊下で会ったチェネレにそう言われて安堵から泣きそうになる。そんな俺に彼は目を丸くした。
「どうした?何かあったのか?スビュー王子とかとか。」
それはそれであったけど
「サンレの部屋が……。」
俺の様子をただ事じゃないと思ったのか昼食がてら個室で話を聞いてくれることになった。
「それは……酷いな。」
「だよな。俺が可笑しいんじゃないよな。」
チェネレは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。それを見て俺の感覚は間違ってないよな、と安心する。サンレの物は全部売り払われたり焼き払われたりしてしまった。俺の部屋も今は屋根裏で、元の部屋はきっと客という名の妻のお相手の部屋にされているのだろう。考えれば考えるほど惨めになる様だった。チェネレは少し考えると
「城に住み込みにしようか。」
と言った。
……え?
「今だって通ってはいるけどどうせ週四で城勤務なんだし、住み込みでも良いな。うん。というかどうして今までそうしなかったんだ?」
俺が戸惑っているうちにチェネレは勝手に自分の中で話を進めて行ってしまう。
「と言うわけで決定です。アシェンは今週から城住み込みで勤務。家にあるアシェンの物は後で持ってきて貰うように頼むよ。」
そういうチェネレは楽しそうで、本当にありがたい申し出でなんだか俺は胸がいっぱいになった。
元々城の勤務だったし、泊まりも多かったので生活はあまり変わらない。城に自分の自室が出来て家に帰らなくて良くなったのはとても気が楽だ。チェネレがほぼ毎日一緒に夕食か晩酌をしようと言ってくるのには少し困ったけれど、それも楽しく思えた。
「お前は王子なのに俺なんかとよく一緒にいて良いのか?」
「それを言っちゃ学生時代からそうだよ。仕事はちゃんとしてるし、そもそもアシェンだって国の重役なんだから何も気にしなくていいだろ。」
それを言われればそうなのだけど。目の前に座るチェネレを見つめる。ふわっとした黒い髪は思わず撫でたくなるし、その緑の瞳だって独り占めしたいくらい魅力的だ。
「舞踏会、もう開かないのか?」
尋ねれば不自然にチェネレの動きが止まる。見守っていれば不服そうな視線を向けられた。
「アシェンは俺に結婚して欲しいの?」
ハッキリとそういうわけでは無いけれど
「……幸せになって欲しい。」
そう口にすればチェネレは何かを飲み込んで少しだけその瞳を潤ませた。
「俺はアシェンにも幸せになって欲しんだけど。」
それは……。家のことを思い出す。他の男を連れ込み、金を使う年上の妻。俺にたかってむしり取っていく二人の娘。あの家から離れて城にいられるだけで
「俺はここにいられるだけで幸せだよ。」
そう言えば今度はチェネレは固まって、それからコクリと喉を鳴らした。
「……チェネレ?」
尋ねれば彼はぶんぶん首を横に振った。何でもないという事だろうか。テーブルに置いてあるヘーゼルナッツを口に放り込む。これがハシバミに生ってるんだったか。
「もう少し待ってて。」
そんな彼の言葉はナッツを噛む音にかき消されてしまった。
「王子様、最近気になる方がいらっしゃるらしいわよ!!」
えー?と歓声が上がる。下働きの女性たちがお喋りしているのだ。
「どなたかしら?」
「なんでも舞踏会で一緒に踊ったとか。」
「王子様、舞踏会に現れなかったじゃなーい。」
そんなうわさ話に笑ってしまう。そうだ、あの舞踏会の夜、チェネレと一緒に踊っていたのは俺だ。夜のバラ園で、月明かりの下で。だからそのうわさ話はデマだろう。しかし
「だけど……最近本当に王子、嬉しそうじゃない?」
「そうね……。確かに春が来たって言われても信じちゃうけど……。」
そんな話を聞いてしまう。確かに俺が見る限りチェネレは大体楽しそうに笑っている。……まさか本当に、好きな相手が出来たのだろうか。
「そう言えば王子様、最近新しい法律を作るのに熱心だとか。」
「あ!知ってる!!あの隣国で制定された法でしょ。」
「確か身分差があっても、同性でも、愛があれば結婚できるってやつね!!」
「え?じゃあもしかして好きな子と結婚するために法律を?!」
「それなら下働きの私たちにもチャンスはあるわね!!」
キャッキャッと盛り上がる女性たち。しかし俺の頭の中は真っ白だった。
(チェネレに好きな人がいて、それでその人と結婚するために法律を?!)
いや、好きな人と結婚して幸せになれるなら良いじゃないか。俺はそう思って首を横に振った。そうだ、俺はあいつの幸せを望んでる。幸せになって欲しいとあれだけ思ったじゃないか。幸せになって欲しいという言葉に嘘はないだろう。そのはずだ。そのはずなのに……
「どうして胸が痛いんだ……?」
いつの間にか頬に温かい雫が零れていた。
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