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ずっとずっと小さい時から隣にいる彼が可愛らしいと思っていた。ヘーゼルナッツみたいなその瞳が美味しそうだなと思うくらいには傍にいた。ずっと傍にいてくれるものだと思っていたし、自分は王子で、彼は貴族の子息だったから実際その通りだった。けれど、年上の彼が可愛いだけじゃなくて綺麗で、他の誰にも向けない感情を向けていることに気づいてしまったらもうダメだった。幸せになって欲しい。いや、幸せにしたい。俺が、俺自身の手で。そう思って、それから今のままでは彼とそういう意味で一緒になれないことに気が付いて泣いた。それから色々と方法がないかと文献を漁ったりしてみた。
悩む俺に何でもないようなことを言ったのは隣国の王子、スビューだった。
「簡単だ。ないなら作ればいい。」
事もなげにそんなことを言う。過去に前例がなくても俺たちが生きるのは未来だろうと笑われた。簡単に言うけど、それがどれほど難しいか。そう思って睨めばポンと頭を撫でられた。
「年上らしいところ見せてやるよ。俺が先にそういう法律を作ってやる。」
そう言ったスビューは憎たらしいことに大変頼りがいがあるように見えてしまって、心底イラっとした。
「で?お前が結婚したいのってやっぱりアシェン?」
突然言い当てられ思わずスビューの腹に右フックを入れそうになる。危ない危ない。
「右ストレートでもアウトだろ?!」
叫ばれたけど知るもんか。
「あいつ綺麗だもんな。見た目だけじゃなくて、なんつーか、心とか、そういうやつが。」
そう言ってスビューは眩しいものを見るように目を細めた。
「あげないよ。」
そう言えばスビューに笑われた。
「早く法律作らないと取っちまうかもな。」
やっぱりムカつく。俺はスビューを睨んだけれど、彼は笑うばかりだった。
アシェンが恋に落ちたのは、彼が学院を卒業する前の事だった。卒業したらすぐに結婚させようと彼の親族が考えていたのは知っていたけど、それはあまりにも急だった。しかも親族が反対しそうな身分的にはずいぶん下の娘。けれど確かに彼女はアシェンの理想にぴったりだった。渡したくない。けれど、幸せになって欲しい。きっと身分差で苦労するだろう。やっぱり法律を作ろう。彼と結婚するためにじゃなく、彼を幸せにするために。身分差の結婚を認める文言も入れよう。後々身分差結婚がたくさんいれば彼だってあまり苦しまずにすむはずだ。
「なんでしょう、チェネレ王子。」
彼女を呼び出したのは穏やかな日だった。彼女は緊張していたけれどそれでもまっすぐ俺を見た。
「サンレはアシェンを愛してる?」
尋ねれば彼女は静かに頷いた。
「はい。特に彼の瞳なんか、ヘーゼルナッツみたいで食べちゃいたいくらいです。」
そう言って笑う彼女に驚く。だってアシェンの瞳を見て、彼女は俺と同じことを思ったのだ。
「チェネレ王子。」
静かに彼女が俺を呼ぶ。振り返れば彼女は真面目な顔で言った。
「あなたが私と同じ目でアシェンを見ているのには気づいていました。」
その言葉に俺は目を見開いて固まってしまう。繕えないその態度は、彼女の言葉を肯定してしまうものだ。彼女はそんな俺を見て頷いた。
「私、とても病弱なんです。」
彼女は胸に手を当ててそう言った。柔らかい風が彼女の色素のない髪を揺らす。彼女の言葉の真意が分からず彼女を見つめる。
「きっと、長く生きられません。」
は……?
彼女の言う言葉が飲み込めずにいるのに、彼女は言葉を続けた。
「彼の時間を少しだけ私に下さい。」
―――そしてその後は彼の事、幸せにしてあげてください。
俺が何も言えないでいると彼女は頭を下げて去って行ってしまった。そうして彼女は言葉通り、アシェンと結婚して二年もしないうちに亡くなってしまった。彼女にはその未来が分かっていたんだろうか。不思議な感じの女性だったからあり得るかもしれない。
どうしてそんなことを思い出したのだろうか。父上に呼び出されて向かう途中で俺はそんなことを考えていた。いや、答えは明確だ。アシェンが幸せじゃないからだろう。俺はため息をつきながら父上に会うため謁見の間に入った。
「確かにお前が言っていることにも一理ある。次の会議でその法案について話し合おう。」
ようやくわかってくれた父上に飛び上がって喜びたかった。けれど父上は一つ咳ばらいをして少し気まずそうに尋ねる。
「それで……あー……お前、その法を成立させて結婚したい相手でもいるのか?」
俺はその言葉に少したじろぎながらも渋々頷いた。すると父上は照れくさそうに
「相手はどんな人かとか教えてくれんか?」
と頬をかいた。息子のプライバシーに突っ込んでくるなと言いたいが、いずれは紹介しなければならない。父上も良く知っている相手なので驚くだろうし。とりあえず言えることは
「その相手とは、舞踏会の夜に一緒に踊ったんです。」
その言葉に今まで反応をしないように努めていた母上があらまあ!と口元に両手を当てた。うん。バラ園で月明かりの下、アシェンと踊った。あの時間はとても良いものだった。俺の作ったバラ園でアシェンが笑ってくれる。その光景がどれほど美しいものか、きっと俺以外には分からないだろう。それ以上は口を割らない俺を父上は少し惜しそうにだが開放してくれた。
(疲れた……。でも今日はアシェンが好きそうな肴が手に入ったから、晩酌に誘わないと。)
何だかんだ気苦労が多い王子生活。その中でアシェンと過ごす時間は、特にアシェンが顔をほころばせる瞬間は俺の中で至上の癒しだった。そんな中、話し声が聞こえて咄嗟に物影に隠れる。
「えー?王子様がアシェン様を?」
「確かに仲は良いけど……。」
「学院が一緒だからでは?」
「でもアシェン様は既婚者でしょ?」
「「禁断の愛ってやつ?!」」
キャーッと召使いの女性たちは何やら盛り上がっている。否定できないのが辛いところだ。
(そうなんだよな……。アシェンは結婚している。)
例え愛が無かろうと金目当てのあの女はアシェンを手放さないだろう。ちょうどいい金づるの男でも用意すればアシェンを手放してくれるだろうか。そんなことを考えているとまた話し声が聞こえた。先ほどは女だったが今度は男のようだ。人目を避けているのか、フードを被っているので顔が見えない。
「障害になるのなら……でしょう。」
「……ですが仕方ありませんね。」
なんの話だろう。耳を澄ませて途切れ途切れに会話を拾う。
「アシェン様には亡き者になっていただきましょう。」
耳が拾った言葉に、飛び出して、男たちをひっ捕らえようと体が動く。けれど、奴らだけが犯人とは限らない。アシェンの暗殺を考えている者がいるなら、根こそぎ排除しなければ。俺は理性で体を抑えつけ、耳を澄ませて情報を拾った。
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