シンデレラはいない

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 いつものように仕事をしていると昼間なのにチェネレが尋ねてきた。一体何の用だろうか。昼を一緒に食べることも、お茶をすることもあったがそのどちらの時間でもない。首を傾げればチェネレは 「アシェンも国の重役なんだから護衛を強化しよう。」 と言った。護衛は一応屋敷から連れて来た者たちがいるんだが。そう思っていると見覚えのある女性と男性が部屋に入れられた。 男性の方はチェネレの護衛の一人だ王子の護衛を俺につけるなんてあっていいのか?そして女性の方は 「お屋敷には居たくないのでお願いします……。」 サンレの部屋を任せていた召使いだった。すっかりショックで忘れてしまっていたが、サンレの部屋を守ろうとした彼女もきっとあの妻の怒りの矛先となっていただろう。断りにくいことこの上ない。チェネレを見ればにっこりと有無を言わさぬ笑みを浮かべられた。  仕事をしながらもふとした瞬間に噂話のことを考えてしまう。チェネレには好きな人がいるのだろうかという事だ。 (毎日俺と一緒に飯を食っているくせに……。) ついついそんなことを考えて唇を尖らせてしまうくらいだ。いや、いたらいたで仕方ないのだ。出来ればその女性が安心してチェネレを任せられるか確認したいだけで。自分に幸せになれと言ってくれた彼の幸せを邪魔する気は無かった。このころになるとすっかり俺はこの感情の名前に気が付いてしまっていた。サンレが夢で幸せになって欲しいと言ってくれたから、この感情への罪悪感は少なかったが……。 「やっぱり幸せにはなれそうにないな。」 空を見上げてそんなことを思う。こんな俺を許して欲しいと願いながら。  城に住み込みで働くようになってから妻は一度も連絡をよこさない。おそらく俺がいない家で楽しくやっているのだろう。あそこはもう、俺の家じゃないのだ。しかし信頼がおける部下は城に連れて来たし、家具や仕事道具も持ってきた。もう城が俺の家で良い気がしてきた。貯金は相変わらず減る一方で、それにため息をついていたらチェネレが新しく銀行口座を作ってくれた。今後は給料はそちらに払い込まれるそうだ。妻も貯金の金額が増えなくなれば焦って散財を止めるだろう。普通に暮らせば生きていける金額の貯金はあるし、本当にヤバくなったらまた振り込むつもりでいた。  何故護衛が増えたのか分からなかったが、王子の命令なので仕方ない。俺の護衛になった男的には左遷だったりしないのか不安で尋ねてみたが笑って、むしろ昇進のチャンスだと言われた。これ如何に。それにしてもチェネレの好きな相手が分からない。そんな相手はいないのかもしれないが。決まって話しかける相手はいないし、噂も聞かない。仕事中は仕事モードから逸脱しないし、仕事の休憩中や終了後は王様のところか俺のところにしか来ない。やっぱり噂がデマなのではと俺は頭に手を当てる。いや、デマならデマで良いのだ。だいぶ複雑ではあるが感情的にはデマの方が嬉しい気すらする。でもそれってやっぱり俺、最低なのでは。そんなことを考えて頭を抱える。  そうは言ってもチェネレと過ごす時間はやっぱり楽しい。仕事が嫌いなわけじゃない。チェネレとの時間が楽しすぎるだけなのだ。チェネレが毎回シェフに頼んでいるらしい料理は毎回美味いし、たまに城下町とか城に来る行商人から仕入れてるらしいデザートも肴も美味い。王子様だから当たり前って思うかもしれないけれど、ここまで俺の好みにぴったりなものを選べるのは、世界に何人王子様が居てもチェネレだけだと思うんだ。グラスの淵を指でなぞる。グラスを傾けている彼を見る。こんな王子様に好きな相手がいたら、きっとあっという間に落としてしまうんだろうな、なんて思った。自分の考えになんだかもやっとしてつい唇を尖らせてしまう。 「ん?!」 すると唇にグイッとヘーゼルナッツを押し当てられる。口を開けば口の中にナッツが転がり込んできた。咀嚼して飲み込み、口を開く。 「何すんだよ。」 するとチェネレはニコッと笑って 「物欲しそうだったから!」 と言った。いや別に、そういうわけでは無いんだけれど、理由を言うわけにもいかないので諦めてもう一つヘーゼルナッツを齧った。 「そう言えばお前と飲むとき毎回ヘーゼルナッツ持ってくるよな?」 まあ手軽なつまみではあるのだけど。そう言えばチェネレは少しだけ眉を下げて微笑した。 「好きなんだ、ヘーゼルナッツ。……お前の瞳みたいでさ。」 揶揄うにしては真面目なトーンで、彼はそんなことを言った。 「そ、そうか……。」 俺はそれを茶化すことも出来ずに、そう答えるだけで精いっぱいだった。顔が熱い気がするけど、酒のせいだ。酒を飲んでいるから。気を紛らわせようとグラスに口をつけた。 「そう言えば、アシェンが最近頑張ってくれてるから、褒美を用意したんだ。」 は?驚いているとチェネレが執事に声をかけて何やら移動式のクローゼットみたいなものを持ってこさせた。 「ほら!最近ちょっと服がくたびれてたから。」 クローゼットの中に入っていたのは新調しようと思っても出来ていなかった服一式だった。しかも買おうと考えてたよりも大分センスが良くて、布も良さそうで……。 「いくらだ?!」 払う!と主張すれば笑われた。 「褒美だって言ったじゃないか。」 そんなことを言われたって、俺は褒美を貰うようなことは何も出来ていないのに。そう思って口を開こうとすれば 「じゃあプレゼントで。」 「は?」 「俺がアシェンに着て欲しい服を勝手に送り付けてるだけー。」 そう言われるとどうにも断れないし、払うとも言えない。どうするべきか少し困っている俺にチェネレは笑って 「アシェンが気にするなら、たくさん着てよ。アシェンに着てほしくて買ったんだからさ。」 と言った。本当にチェネレは、いつからこんなにタラシっぽくなったんだろうか!!?  城で仕事をして、町に行って、隣国に行って、城で過ごす日の多くはチェネレと夕食を共にとって、週末とか次の日が休みだったり遅番だったりする日は酒も飲んで。家のことは考えないようにして過ごしていたある日だった。城の配達員が届けてきた手紙の中に家からのものがあった。思わず顔をしかめてしまう。家から来た女の召使いがそんな俺を見て何事かと尋ねてくる。手紙を見せれば俺と同じような反応をした。横からひょっこり顔を出したチェネレから付けられた護衛には苦笑された。まあ一応家族なのだから手紙が来ること自体はそこまで可笑しいことはないのだけれど。どうせ碌なものじゃないだろう。そう思って中を見ると話したいことがあるので今度の会いたい、という内容だった。行ってもどうせたかられるだけなんだろうな。そう思ってため息をつく。忙しいから行けないという言い訳は通るだろうか。ついそう零せば実際忙しいから無理なのではと言われた。予定を確認したら確かにそうだったので無理だと手紙を書いた。しかしその後も度々会いたいという手紙は届いた。妻なのに、家族なのに、どうして会ってくれないのかという俺を責める内容が書かれていた。それでも俺は仕事があるからと、家に帰らないと返事をしていた。  のだが、ある日あまり仲良くない同僚から仕事を代わってくれと言われて元々休日ではない日が休日になってしまった。そうして次の手紙には狙ったかのようにその日に会いたいと書かれていた。これは会わないといけないだろうか。ため息をつく。他の同僚からもそろそろたまには家族サービスをしないと駄目ですよ、と言われていた。きっと妻のあまり良くない噂とかが出回っているんだろうな。そしてそれはきっと真実なのだ。ノリ気がしないけど行くと返事を書く。召使いにも護衛にも行くんですかと驚かれた。チェネレに付けられた護衛は召使いから何を聞いたのか、碌な部屋も無い屋敷なら馬車で寝泊まり出来るものを用意して貰うように頼みましょうとか言い出した。その晩に会ったチェネレは浮かない顔をしていた。 「アシェン、家に帰るの?」 「うん。気乗りしないけどね。」 家のことをしっかり聞いて城に住み込みにしてくれたのはチェネレだ。心配してくれているのだろう。 「ちゃんと無事にここに帰ってくるんだよ。」 チェネレはそう言って俺の手を両手で包み込んだ。何と言うか、めちゃくちゃ恥ずかしい。というか (距離が!近い!!) 「わかった!わかったから。」 そう言えば彼は満足そうに笑った。
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