シンデレラはいない

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 護衛と数人の従者を連れて家に行く。自分の家のはずなのにまるで他人の家に来た気分だ。気分は仕事よりもずっと重い。着ている服はチェネレがくれたものだ。この服を着てるとチェネレが傍にいてくれているみたいで、勇気がもらえる気がするんだ。屋敷に入ろうとするとチェネレが付けてくれた護衛の男が先に屋敷に入ってくれた。曰く、何かあるといけないから、と。何かってなんだ。ここは俺の家なんだが……。何もあるはずがないと言えないのが悲しい。  護衛が家に入るとその場にいたらしい召使いたちが騒ぐのが聞こえる。俺も続けて中に入るがそこには知らない顔だけがあった。来客を知らされてないのか疑惑の目で見つめられる。本当に居づらい。城に連れて行かなかった前からの従者たちは解雇されてしまったのだろうか。召使いたちも俺たちを見てひそひそ話とは……教育が行き届いてないというか……皮肉にもあの妻と娘にはぴったりと言うべきか。そう思っていると召使いたちの奥から 「お久しぶりです。お会いしたくて堪りませんでしたわ。」 と妻が現れた。着ている赤いドレスは扇情的なデザインで上品とは言えないものだ。 「さあ、食事にしましょう。」 案内されたのはあの社交パーティーの広間だ。そこにはすでに娘たちが席についていた。 「久しぶりね、お父様?久々すぎて顔を忘れちゃったわ。」 「お仕事が忙しいのよね?それとも向こうで良い人でも出来たのかしら。」 そんな下世話なことをくすくす笑いながら言う娘たちに嫌気が走る。けれど娘たちの瞳に見えるのは、好機でも揶揄いでもなく、もっと激しい感情のように見えた。嫌悪と言ったほうが良いような、強い感情。 「あなたたち、そんなことを言うんじゃないの。」 妻はそう言って娘を窘めると、俺に視線を向けた。それから俺を頭からつま先までじっくりと舐めるように見つめてきた。一体何なのか。蛇に品定めされているようで悪寒が走る。 「でもアシェン様は王子様とずいぶん仲がよろしいようですけれど……ね。」 ヒュッと毒の牙を突き立てるように言葉を飛ばしてくる。それに喉が詰まっているとコツリと靴の音がした。それは俺の護衛のものでその音で俺は現実世界に帰ってこれた気がした。そうだ、俺は一人じゃない。そう思ってチェネレから貰った服をギュッと掴んだ。そうして目の前に運んでこられたのは見た目は豪奢なごちそうの数々。見た目は妻や娘のものと同じだが……これを信用していいものか。いや、そこまで考えるのも考え過ぎだろうか。 「どうしたの?あなた、さあ、食べてください。」 妻は妖艶に笑って料理を勧めてくる。手に食器を持とうとするとチェネレの護衛の男が 「申し訳ありません。アシェン様は仕事で特産品の試食もしておりまして、あまり食が進まないかと。」 と言ってくれた。俺はその助け舟に乗ることにして頷く。悩んでいたのでちょうどいいと思ってしまった。嫌がらせで食あたりくらいは起こしそうだし。妻はその護衛を見ると眉間に皺を寄せた。 「大体あなたは何なんです?うちの護衛じゃないようだけど。」 確かに他の護衛や従者は元から俺の部下だった者たちだ。 「失礼しました。私は王子の命でアシェン様の護衛をさせていただいております。」 そう言えば妻は目を丸くした。娘たちもきゃあっと顔を寄せ合っている。 「王子様の命令ですって!!」 「あの人も意外とイケメンじゃない!」 妻は悔しそうな顔を一瞬したがそれ以上は料理を勧めてこなかった。それにホッとしていると 「お父様、せっかくの家なんだからゆっくりしていってね。」 「そうそう!あの屋根裏で!!」 と娘たちがケラケラ笑った。それを見た妻が口元を緩やかに釣り上げて俺を見る。 「折角帰ってきたのだから、私と一緒に寝ましょうよ。私、寂しかったの。」 妻の絡めとるような視線に動けなくなりそうだったが、俺はどうにか事前に打ち合わせていたセリフを言った。 「仕事がまだ残っていてね。馬車に設備が整っているからそちらで泊まるよ。」 仕事を盾にすれば妻も娘もそれ以上踏み込むことは出来ないようだった。  家を出て、安堵の息をつきながら馬車に入る。馬車はしっかちチェネレが用意してくれた。中で眠れるようにもなっていて、護衛も従者も全員乗れるくらい広かった。護衛や従者は安堵でぐったりする俺に頑張りましたねと声をかけてくれた。  そうして次の日すぐに帰ると言った俺を妻や娘は案外あっさり帰してくれた。 (そう言えば何もたかられなかったな……。) 一体何のために俺の招いたんだろう。単純に家族の触れ合いがしたかったのだろうか?……あの態度で?疑問に思っていると急に馬車が揺れた。 「なんだ?!」 尋ねるがアシェン様は隠れていてくださいと言われる。すぐに馬車の外から怒鳴り声が聞こえてきた。  トントンと一定間隔で机を指で叩いていたらしい。部下に指摘されて気が付いた。今日は不機嫌ですね。最近はご機嫌だったのに。なんていうのも部下の言葉だ。昨日からアシェンが家に帰っているのだ。心配なのは当たり前だけど、何より近くにアシェンがいないことが、会いたいと思ってすぐに会えないことが寂しい。いつの間に俺はこんなに駄目になったんだと一人で頭を抱える。何にせよ、今日アシェンは帰ってくるのだからそれまで耐えよう。とびきり良いことだってあったし、アシェン暗殺の計画を立てている連中ももうすぐ目途が付きそうだし。そう思っていたら部屋に部下の一人が飛び込んできた。アシェンに言って付けた護衛じゃなく、無断でつけた監視の役割の部下だ。彼がここに来たという事は 「アシェンに何があった?」 立ち上がり、出かける準備を始める。部下が言うにはアシェンが家から帰る途中で男どもに絡まれたそうだ。雇われたゴロツキらしき男、それに城に通いで働いていた男。そしてそいつらはいずれもアシェンの家の方から来たそうだ。その言葉にハッと嗤う。本当にあの女は、妻としての最低ラインも守れないらしい。
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