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*** 「美空先生! 助けてください!」 「ちょ……っ。どうしたの? 哲太先生?」  運動会当日。  練習で、まさかの号令かけ忘れという恥ずかしいミスを犯してしまった入場行進は、本番では無事に成功し、ホッと胸をなでおろしている美空の視界に、突然、哲太の泣き顔が飛び込んできた。 「あの、(うみ)君が、海君のお父さんが、あの……」 「ちょっと先生、落ち着いて」  埒が明かない哲太を深呼吸させ落ち着かせると、「最初から、ちゃんと話して」美空は静かに語りかけた。 「すいません。パニクって……」 「いいから、ゆっくり」 「はい」  トラックでは今、恵令奈のクラス、年中児きりん組の徒競走が始まったばかりだ。  きりん組の次は、美空のクラス、ぞう組の出番だ。  子どもたちに「かけっこの順番に並んで」と声を掛けると、美空は哲太に向き直った。  年長児は、ある程度のことは自分でできる。       横目で見ると、数人の女児が声を掛け合い、皆を整列させているところだった。 「えっと……。海君のお父さんが、昨日足を骨折してしまったようで……」  哲太の話はこうだ。  担当クラスの海君の父親が、運悪く昨日骨折してしまい、親子競技に出られなくなってしまったのだ。  幸いにも入院は免れたが、とても走れる状態ではない。  年少児で、初めての運動会ということもあり、以前からとても楽しみにしていた海君は、昨日からずっと駄々をこねているという。 「でも、お母さんが出れば……」 「それが、駄目なんです」 「なんで?」 「仲良しの幸太郎君がお父さんだから、自分もお父さんがいいって聞かなくて……」 「そっか……」  応援席では、徒競走を終えたばかりのぱんだ組が、次の出番を待ちながら暫し休息をとっていた。  その中で、海君の両親が、我が子を必死で説得している。  父親の左足に巻かれたギブスが痛々しい。
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