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「哲太先生が代わりに出てあげれば?」 「そう言ったんですけど、俺じゃ嫌だって……」 「そうなの?」 「はい。先生と出るなんて恥ずかしいって……」 「うーん。そう言われちゃったらねぇ……」  ため息交じりに腕を組む美空に、「どうにかして下さいよぉ」と哲太が泣きつく。  泣きたいのはこっちだよ、と美空が思った時。 「どうしたの?」  少しハスキーな穏やかな声が、美空の背後から響いてきた。 「えっ……? どうして……?」  振り返るとそこには、心配そうな紫雲の顔があった。 「さっき、園長先生に挨拶したら、美空さんのとこに行ってきなって」  紫雲はこの園の卒園児だ。園長もさぞかし懐かしがったことだろう。 「……じゃなくて! 何でいるわけ?」 「ああ。暇だから見に来た」 「暇って……」 「だって、部活も引退しちゃったし……。休みの日は退屈で」  受験勉強はいいのかという美空の小言を遮り、「何か手伝うことある?」紫雲がにっこり微笑んだ。 「園長先生が、せっかくだから手伝ってけって」 「ええっ?」  本部を見ると、園長がこちらに向かって、にこやかに手を振っている。 「手伝いって言っても……」  美空が考えあぐねていると、「ああああっ!」哲太の大きな叫び声が、辺り一帯に響き渡った。 「ちょっ……!」  顔をしかめて耳を塞ぐ美空に、哲太が満面の笑みを向けた。 「出てもらいましょうよ! お父さんの代わりに!」 「へっ?」 「だからぁ! 代わりに出てもらうんです! 海君のお父さん役で!」 「はぁ?」 「彼ならきっと大丈夫です! だって、こんなにカッコいいんだから!」 「えっ? 俺?」  突然の指名に驚きながら、紫雲が自分を指さし、哲太に確認する。 「そう、キミ!」 「ええっとぉ……」  哲太の勢いに押され、紫雲が僅かに後ずさる。  その肩をがっしり掴むと、「じゃ、よろしく!」よくわからない理屈のもと、哲太は半ば強引に、紫雲を応援席まで引きずって行った。
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