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「美空さん」
席に戻る途中で、美空は紫雲と鉢合わせた。
「あ、紫雲君もトイレ?」
「うん」
心なしか、紫雲の顔に疲れの色が滲んでいる。
「なんか、ごめんね」
謝る美空に、「何が?」紫雲は小首を傾げた。
「だって、恵令奈が……」
「ああ。別に気にしてないよ。ちょっとびっくりしたけど」
「ならいいんだけど……」
「面白いじゃん。あの人」
「そっか。そりゃ良かった」
安心した美空は、「じゃ、先行ってるね」と声を掛けると、紫雲の側をすり抜けた。
「オバサンじゃないから」
「えっ?」
振り返った美空の瞳を、紫雲の真剣な眼差しが捉える。
「美空さんは、オバサンじゃない」
「紫雲……君?」
「それに……」
少しだけ顔を歪ませると、紫雲は苦しそうに言葉を絞り出した。
「母親だなんて……思ってない……」
「え……? それって、どういう……?」
慌てて視線を外した紫雲は、くるりと背を向け、足早にトイレへと姿を消した。
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