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「じゃあ、ウエディングドレスは暫くお預けですね」
今度は叱られないよう作業の手を休めずに、哲太が口を挟んだ。
「ウエディングドレスねぇ……。別にどうでもいいかな」
「えっ? 着ないんですか?」
黒目がちの瞳を大きく見開き、哲太が美空を凝視した。
見ようによっては、哲太もイケメンの部類に入るだろう。涼しげな目元がクールな印象を与えるが、中身はなかなかどうして熱い男だ。
そのギャップが、世のお母様方には堪らないらしい。
「だって今年で三十四だよ? もうウエディングドレスが楽しみって歳でもないし……」
「歳なんて関係ないでしょ? 私は着るよ。四十だろうが五十だろうが」
恵令奈が後頭部に右手を添え、モデルよろしく胸を張った。腰に当てられた左手で、スタイルの良さを強調する。
「そうですよ! 全然大丈夫っす! 美空先生、童顔だし。見た目、俺と変わんないっす」
今年二十七になる哲太が、自信満々に親指を立てた。
「まさかぁ……」
美空は呆れたように苦笑すると、コームを使ってスズランテープを手早く裂いた。
「でもさぁ。いきなり大学生の息子ができるって、正直どんな感じ?」
大きなビニール袋に『ぞう組』とマジックで書いた紙を貼り付けながら、恵令奈が聞いた。この袋に、人数分のポンポンを入れるのだ。同様に、『きりん組』『ぱんだ組』の袋もある。
「そうだねぇ。ちょっと複雑だけど、まあ、知らない子じゃないし」
「紫雲君だっけ? 確か可愛い子だったよね。お目々クリクリで」
同期の恵令奈は、幼少期の紫雲を何となくだが覚えていた。
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