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「引退おめでとう!」
「いや、おめでとうって、おかしくない?」
コーラの入ったグラスをぶつけながら、紫雲が堪らず吹き出した。
紫雲の引退試合は、準優勝で幕を閉じた。
できれば優勝したかったが、そうなると県大会への出場権を獲得することになり、その分受験準備が遅れてしまう。
今まで部活一色で、ただでさえも他者に遅れを取っている紫雲にとって、これはこれで結果オーライだったのかも知れない。
「お疲れ様。たくさん栄養つけて、明日から受験勉強頑張ってね」
取り分けたサラダを紫雲に渡しながら、美空は小首を傾げて笑った。
美空は今、登坂親子と食卓を囲んでいる。
顔合わせから一カ月が経ち、三人の距離はだいぶ縮まってきているようだ。もちろん、知らない仲ではないというのもあるのだが。
今日は、紫雲の『部活動引退お疲れ様会』と、『受験勉強頑張ろう会』を兼ねて、美空が二人に手料理を振舞っていた。
手料理と言っても、せいぜいハンバーグとビーフシチューくらいしか作れないが、日ごろ惣菜や出前で済ませる方が多い二人にとって、手作りハンバーグは御馳走らしく、「こんなに美味しい料理は久しぶりだ」と先程から感激しきりだ。
紫雲の好物がハンバーグで良かったと、心の中で安堵する美空であった。
食後のケーキをつついていると、晴斗がどこからともなく古いアルバムを持ち出してきた。
「やめろよ。ケーキが不味くなる」と必死で阻止する紫雲に構わず、晴斗はそれをゆっくり開いた。
そこには、生まれたばかりの紫雲を腕に抱く、晴斗の笑顔があった。
「実はこれ、散々泣いた後なんだよね」
紫雲の母親は、出産の時に命を落とした。
妻か子どもか、究極の選択を迫られた晴斗は、故人の遺志を尊重し、子どもの未来を選んだという。
昔、面談の時に聞いた話が、美空の中で蘇る。
「辛い選択でしたね」
若干二十二歳の小娘の言うことなど、どれだけ心に響いていたかわからないが、その時晴斗は、服の袖で口元を押さえ、声を殺して泣いたのだった。
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