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希望
神秘的とも言える出産を経験し感極まっていると、ロウが赤ん坊の躰をペロペロと舐めてまとわりついていた体液を落とし、綺麗にしてくれた。
はたして……俺とロウの赤ん坊は、どんな容貌なのか。
顔がロウに似ていたら狼の顔だろう。でもどんな姿でも俺は受け入れる覚悟が出来ていた。だって愛しい番の子供なのだから。
「トカプチ!男の子だ!さぁ乳をあげてくれ」
自分の胸の上に乗せられた赤ん坊には、小さな狼の耳と尻尾が生えていた。そして可愛い人間の赤ん坊の顔をしていた。赤ん坊は反射的に俺の平らな胸の乳首にパクっと吸い付いてきた。
「うわっ……んっ……くすぐったい」
ロウに吸われるのとは、また別の感覚だった。
俺の乳が、生まれたばかりの赤ん坊の小さな口を腹を満たしていくことに、何とも言えない充足感を覚えた。
「すごい……小さくて可愛いな」
ロウはもう怯えていなかった。我が子を愛おしげに見守るその表情は、父親のものになっていた。
「ロウ……お前、いい表情しているな」
「そうか。トカプチが俺を父親にしてくれたんだ。父の顔なんて思い出せないのに、俺には分かる。俺は父になったと分かるんだ!」
「あぁお前がこの赤ん坊の父親だよ」
俺は自分の胸元に、ロウの頭を抱き寄せた。
「ロウも疲れただろう。さぁお前も沢山吸えよ」
「えっ……いいのか。乳は赤子の物なのに」
「馬鹿だな。もしかして……そんな事を心配してたのか」
「……そんなことはない」
決まりと悪そうにそっぽを向いたロウだが、我慢できないといったように、ガバッと俺の乳首に吸い付いてきた。
右の乳首を赤子に吸ってもらい、左の乳首はロウに吸われた。
ジュッと乳が俺の躰の奥から次々に生まれ、放出されていく。いつにないペースでどんどん作られている。それは気持ちいいまでの快感と充足感。
ロウを生かし赤ん坊を育てるために、こんなにも俺の乳は必死に機能している。ずっと隠していた特異体質だったのに、今はこんなにも大切で愛おしいものだと感じている。ロウと出会えなかったら気づくことはなく、散ったかもしれない俺の命の尊さを身をもって感じた。
人はひとりで生きているわけではない。
こうやって生かされている。
そして生きる力になっているのだ。
「美味しいか。俺……ロウに出逢えて本当に良かった!お前がいるから生きていられるんだな」
「何を言う。オレこそトカプチの乳がなければ餓死していただろう。それに、この子とも出会えなかったし、この子の糧を、オレたちが協力して作り出していると思うと感慨深いな」
「うん、この子に与える乳は、俺がロウから命の糧をもらうことによって生産されているからな」
感極まった俺たちは、蕩けるような甘い口づけを交わした。人間同士の口づけとは違うが、思いの丈をこめた口づけを、吐息越しに交わした。
すると岩穴に、暖かな陽光が差し込んで来た。
そうか……いつの間に季節は巡り、凍るような大地にも春がやってきたのだ。
「ロウ、俺を起こしてくれないか。春の陽を浴びたい」
ロウに支えられて岩場から外に出ると、雪はいつの間にか溶けて、岩場の周りには小さな草花が生えていた。
「なんで……信じられない」
ここはトカプチ……呪いにかかった土地だったはずだ。
草花は凍り、枯れるだけだったのに。
ロウからは春になっても、何も芽吹かないと聞いていたのに。
「トカプチの呪いは……トカプチが解く」
ロウがつぶやいた。
「ロウ、この土地を俺たちで開拓してみよう!もしかしたら、ここでも俺が住んでいた土地のように酪農が出来るようになるかもしれない!」
子供の誕生と共に生まれたのは、未来への『希望』だった。
【出産編】 了
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ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
少し変わったオリジナル設定のオメガバースですが楽しんでいただけたら嬉しいです。明日からは里帰り編、物語が大きく動き出します。
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