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K町へ向かう中、電車に揺られながら秀君に会うべきか会わないべきかと肇の心は揺れに揺れた。一つの乗り換えを無難にこなし、七つの駅を経て恙無くK駅に着き、下車した。
K駅を出てから新鮮な春風に吹かれ、麗らかな日差しを浴び、馥郁たる新芽の香りを嗅ぎ、楽しげな鳴禽の囀りを耳にしながら約三年半ぶりに故郷のK駅前や商店街やK南小学校沿いの思い出深い通りの風景を目にしても相変わらずアパートへ歩を進める間、彼の心は揺れに揺れた。
アパート周辺に辿り着き、秀君の住んでいたアパートの部屋の玄関前に恐る恐る近寄って行き、表札を見ると、川上の儘なので、まだ引っ越していない事が分かり、取り敢えず安堵の胸を撫で下ろした。が、それも束の間の事で直ぐに呼び鈴を鳴らすべきか鳴らさないべきかと商量し、再び彼の心は揺れに揺れた。
而して暫く逡巡していると、中から秀君と秀君のお姉さんと思しき声が聞こえて来て、その途端、それこそ風声鶴唳に戦くが如く怖じ気立ち、その場から即刻、逃げ出してしまった。それ位、彼は自分に自信が無く臆病になっていたのである。序でに自分にとって三大親友の一人であった比呂志君の家の前にも行ってみたが、矢張り素通りするだけだった。同じく自分にとって三大親友の一人であった卓生君の豪邸に至っては、恐れ多くてとても行く気にはなれなかった。
肇は転校前は大勢の友達に囲まれ自信に満ち溢れた少年だったが、転校後、内向的な性格が祟って新しい環境に順応できず友達が出来ず苛められっ子になったばかりか土地っ子から一転余所者になった引け目のお陰で、すっかり卑屈になってしまったのである。
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