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ここで読者に誤解して欲しくないので断っておくと、肇が転校したのは小学四年の秋であるが、転校後、友達が一人も出来なかった訳ではない。まだ人間嫌いになる恐れのない子供の頃の時分のことであって自ずと周囲に溶け込もうとするから慣れてくれば、幾ら内向的な性格でも友達は出来るものである。六年生の時なぞはすっかり慣れてクラスに溶け込んで楽しい一年になった。但、転校することなく幼馴染を中心に友達の輪を広げ続け、友達を蓄積するのと違って友達の層が比べ物にならない位、薄いから中学に進学すると、転校直後のようにクラスに友達が全然いない状態になったし、境遇の急激な変化に順応できなかったから中学一年の時は前述のようになってしまったが、中学二年の時は偶々気の合う生徒がいて彼と親友と呼べる位、親しくなれたのが功を奏して元々持っているユーモア精神を発揮して友達の輪を広げて行ってクラスの人気者になるまでに伸し上がったのである。そして或る女子生徒から恋の告白をされたり学級選挙で書記に選ばれたりと華々しい学校生活を送ることもあったが、選りによって件の生徒が転校してしまってからは基本的に元気を失って面白味がなくなって行き、他に出来た友達との関係は薄っぺらいものだったから彼らは徐々に肇から離れて行き、肇は人気者でなくなってしまった。それどころか面白くなくなり暗くなった所に付け込まれて苛められるようになり、中学三年の時も仲間が出来るには出来たが、薄っぺらい関係しか築けないでいた。そんな境遇にあったのである。それだけに肇は無性に虚しくなった。それで誰にも見られず郷愁に浸りたくなって明けて五日目だから冬休みが終わる三日前の蒼茫と暮れ行く黄昏時に、こっそりと電車でK町へ出掛けた。誰にも会う勇気が無いから、せめて母校の様に慕うK南小学校とコンタクトを取ろうと思って行く事にしたのである。
前回同様、恙無くK駅に着いた肇は、プラットフォームに降り立つと、前回の新鮮な春風に吹かれる代わりに肌に突き刺す様な凍てつく北風に吹かれ、ダウンジャケットの下にニットセーターとシャツを重ね着しているにも拘わらず尋常でなくひんやりして身震いした。と同時に前回来て以来二年も経っていないのに矢張り故郷の駅には特別なものを感じ、ノスタルジックな気分になった彼は、丁度、地下通路に通じる階段前に降り立ったので、いの一番でプラットフォームを後にして逸る気持ちを抑え切れなくなり、階段をどたどたと駆け降りて地下通路をすたすたと歩いて行き改札口をするすると抜け出すと、冬のダイヤモンドの一角を担うシリウスが他の星を従えているかの様に一際青白く煌々と照り輝く星空の下、すっかり夜の帳に包まれたK町の大地に立った。
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