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「要人は辞めたの。一緒に行くも何も……何もないし、誘われてもいない。
それに…。」
「それに?」
「誘われても行かない。要人はグレーゾーンにいては出来ない事をしたいと辞めたけど、私はグレーゾーンにいないと出来ない事がまだある。」
「出来ない事?」
「ことりだってお金、返すんでしょ?働かないといつまでも終わらないよ…返済。」
「怖い事言わないでよ……。」
ことりは苦笑いして、リストを写したスマホの画面を見た。
「4丁目…9…の2…この辺だね?」
二人で見上げたそこはコインランドリーだった。
「へぇ…今どきの寮はお洒落だねぇ?」
中に入るとことりが言う。
普通のコインランドリー。
人はいないが、二つほど洗濯機と乾燥機が使用中。
「まさか、巨大乾燥機の中で寝ないよね?」
乾燥機を開けてことりは笑う。
「酔ってて帰る所がないなら寝るかもね?」
答えながら、めいはコインランドリーの会社の名前が書いてある注意書きを見ていた。
「ここも経営しているみたいね?会社名は……ペーパーカンパニー?
オーナーは同じ…了解。ありがと、くくる。」
くくると通信していたのはことりにも聴こえていたが、どうも腑に落ちない。
「ペーパーカンパニーで、コインランドリー経営出来るの?」
「出来るね。ペーパーと言えど事務員は置いてるし、子会社と考えた方が早いわね?綺麗な社名付けた方がいいって事。」
「ふぅん…。いい加減な世の中ね?」
「そう思うわ。で、ことり?服でも靴でも良いから、引っ掛けるなりして放り込んで?」
「は?」
真面目な顔で珍しくめいを見た。
「靴でいいわ。放り込んで!その巨大な乾燥機に!」
「え?これ、コンバースだよ?冗談やめてよ?」
「ナイキだろうがコンバースだろうが私には靴!」
ことりは靴に拘りがある…というか愛着があり過ぎる。
特にコンバースは新作が出れば買いに行く程だ。
お気に入りの靴を履いて歩く事は幸せのひとつだ。
めいにその巨大な趣味は理解出来ない。
革がどう…ソールがどう…一度履いて温度がどう、湿気がどう……意味不明である。
靴は履いて、履き心地が良ければいい。
「新品なのよ?今日下ろしたばかり……のぉぉぉぉぉぉ!!」
ガッと足を掴まれて、サッと片足脱がされ、ポイッと投げ込まれ、バン!と閉められる。
「心が痛むのよ?靴を乾燥機に放り込む行為……だからこそ私のヨレヨレの汚い靴より、下ろしたて新品の靴の方が罪悪感は少なくて済む。そうでしょ?」
悲しい顔をして言われる。
「いや…乾燥機には確かにそうだろうけども!何で放り込む必要が?」
「大丈夫。回ってない。これ、アクシデントだから。係を呼ばないとね?」
「え?」
ご利用について…その張り紙をことりも見た。
「何かお困り事、機械トラブルがありましたら、こちらにご連絡を…。」
最後の小さい字で書いてあり、電話番号が載っていた。
「ちょ……お困り事?」
乾燥機の中の靴を指差した。
「もしもし?今、コインランドリー何ですが、友人が転びそうになった拍子に靴を片方、乾燥機に入れてしまって…。結果転んだので、ドアを閉めてしまいまして。ロックがかかったみたいで……開けて頂けませんか?」
電話を切ると、めいはことりに笑顔を向けて、
「来るって!」
と言った。
「え?いや、呼んでどうするの?管理人が来るの?」
訳も分からずことりは聞いた。
「普通はそうでしょうね?でも、ペーパーカンパニーで事務員は無理でしょ?
家が近くないと無理。で、この裏には恐らく従業員の休憩スペースくらいはある。掃除とか、お金の回収、洗剤の補充の為にね?
寮の住所はここ。なら、その休憩スペースに何人か住まわせてない?
夜は黒服、昼間はここの管理。ここは頻繁には呼び出されないから寝ててもいいし…エンドストームは人件費を削減出来る。
よく考えたわよね?さすが、客の女の子を騙して働かせるだけある。
あれも面接みたいなものでしょ?」
「でも、来るのは一人?」
「だから来る方向を見て、私はその休憩スペースにいるかどうかだけ確認に行く。外で見てるから、ことりはここで来たのが当たりなら捕獲ね?」
言いながら自動ドアが開いて、素早くめいは出て行った。
「靴を乾燥機に放り込んだ女……嫌な役……。」
間もなく管理人だと言う男性が自動ドアから入って来た。
ことりは照れ笑いを向けた。
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