1340人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
2人はどう見えているのだろう。
親子、姉弟。
そんなわけはない。指を絡めるように繋いだ手は、家族よりも、恋人のするもの。
座席に座ってもなお、碧は凪音と繋いだ手を離さないまま、頭を凪音の肩に寄りかからせて深く眠っている。
午前中には自宅に戻らなくてはならない凪音のために、結局朝方まで抱き合い、ほんの2時間程度仮眠しただけでホテルを出てきたのだ。
しかも本人いわく、体調を気遣いながら抱くと余計に体力を消耗するねと、およそ信じられぬ言葉をさらりと口にした。さすがに年齢の差かもしれないと、先行きに不安を覚えつつも、あどけなく隣で眠る碧を見ると、颯佑と彼女のことであれほどショックを受けていたはずなのに、ひどく気持ちが落ち着いてしまっている。
いつまで続けられるか分からない、碧によって満たされたものが果たして恋なのか、愛なのかも、分からない。
碧はずっとという言葉を口にしたけれど、ずっと、も、永遠、も、ない。
変わらない日々が続くと思っていた日常は、あっけなく崩れて、そうして自分の手でも壊してしまったのだから。
いいえ、と否定しながら、JRの電車の軽快なスピードに揺られつつ目を閉じた。
変わらない日々を、これからはつくりださなくてはならない。
変わらない、いつもの自分を、意識的に意図的に、この手を繋いだ相手が望む限りはそう、夫を、親を、友人を、職場の仲間を、世界を騙していかなくてはならない。
うつらうつらとしていた時に、「次は横浜ー」という鼻にかかったアナウンスが車内に響いた。
ホテルを出ると同時にマスクをした碧をそっと揺する。
「碧くん、横浜」
手をつなぎたいと言った碧に妥協できたのは、横浜まで。
そこまでなら、知り合いに見られることもないだろう。そう思っての判断だった。
「……もう?」
「うん、碧くんはこのままここで眠ってて。私、ここでもう一本電車遅らせて帰るから」
そっと囁くように言うと、碧は繋いでいた手を一瞬だけぎゅ、と力をいれてから、するりと離した。
マスクをしているせいで、表情は見えにくいけれど、その仕草だけで十分碧の気持ちが伝わる。
「マスク、外せば顔もわかるのに」
電車を待って並ぶ大勢の人が見えた。
「いやです」
すげなく断られ、ちょっとだけ距離を感じる。でも仕方ない。そういう距離感でいなければ、きっともっと抑制できなくなる。
そう思いながら席を立った。
「……いつか、話せる時きたら話すよ」
気遣う言葉に顔をあげると、碧がもう一度、凪音の手に触れて名残惜しそうに握った。
「……気をつけて」
「うん、碧くんも」
立ち上がって、開いたドアから横浜駅の広いホームへと降り立つ。
振り返りたい気持ちを抑え込んで、そのまま人の波に巻かれるようにして、碧の乗った車両から離れた。
そして別の車両の位置に立ち、目の前で動き出した青い電車がスピードを増していくのを見送る。
碧を乗せて、ただ何も見なかった顔で、一足先に凪音の帰るべき方角へ走っていった。
その瞬間、足元が揺れたような気がして、思わず近くの柱に手をついた。
そこに見えていたはずの時間が、無理やりもぎ取られたかのようで、それが碧とのものなのか、守っていきたかった夫とののもなのか、分からなかった。
ただたまらなく、淋しかった。
最初のコメントを投稿しよう!