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こうして夫の目を盗みながら、深みにハマっていくのだと思う。
つい先日訪れた部屋に、今日もいる。
断るなんてことを考えもしなかったのは、颯佑が今日は帰らないとわかっていただけじゃない。部屋に誘われる前、碧とつないでいた手が離れた時から、ただ埋めようもない寂しさに襲われて、きっと碧が言い出さなくても自分から言っていたかもしれない。
凪音の髪を指で梳き上げるようにした目の前の碧を見上げた。
マスクをとった碧の顔は、実はとても綺麗だ。切れ長の黒々とした瞳、通った鼻梁、硬質な陶器を思わせるシャープな輪郭。
「オレ、まだ酔ってんのかな。すげえ心臓ばくばくしてる」
「ほんと?」
笑いながら、碧の心臓の位置に手のひらを押し当てた。少し汗ばんだそこから伝わる鼓動は早く、音さえ聞こえそうだった。
「どくどく言ってる」
その滑らかな肌の下で巡る血潮も火傷しそうに熱いのかもしれない。
「凪音さんのも」と碧が体を凪音に向かってゆっくり沈めるようにして、片耳を胸のすぐ下に押し当てた。
少しパーマがかったマッシュ系の髪が胸をくすぐった。
「あ、急に早くなった」
「ばか」と言いながら、軽くその肩を押した。
楽しそうに笑った碧はそのまま凪音の手をとらえ、引き寄せるようにして唇を奪った。
何度も深く口づけられ、碧の細い指が凪音の素肌をなぞりながら下へと滑り落ちていく。そうしてゆっくりと深奥へと伸びた。
自然、呼吸が荒くなって漏れそうになる声を碧の首へと腕を回して抑え込む。その時、ふと視界のはしに積み上がっている雑誌に目を止めた。
「……凪音さん?」
切なげな吐息を漏らしながらも、気がそれたのがわかった碧が少しムッとしたように凪音の胸から顔をあげた。
「碧くんの部屋……、雑誌、たくさん……」
グレーとブルーが基調の部屋内は、生活に最低限必要なものしか揃っていない。それなのに、部屋の隅に雑誌が乱雑に積み上がっているのはひどく生活感があって、碧の内面が垣間見えたような気がして嬉しい。
「ああ……」と碧は気のなさそうに言って、それから凪音の胸の内側を噛んだ。
「ん……っ、ちょ、痕、」
慌てると、碧が意地悪な目で小さく笑った。
「そんな余裕見せてるからだよ。おしおき」
言いながら、凪音の深いところで優しく動いていた自分の中指を強く押し入れた。
その瞬間、「ぁ……んっ」と変な声が出て、慌てて口を抑えた。
ほんのり目元が潤んでほおを上気させて、碧を睨むけれど、また中で蠢いた碧の指に翻弄されて体が知らず跳ねた。
碧は凪音から自分の指を引き抜いて、口に含んだ。そのぬらりと光りながら濡れた指に舌を扇情的に絡めて舐める碧に、カッと体中が熱くなった。
顔中から火が噴きそうなほどの恥ずかしさに直視できない。
そんな凪音を見下ろし、碧が「いれていい?」と囁いた。
視線を合わせられないまま、凪音は小さく頷いた。
碧がふいに性急に動いて凪音の足を抱えあげて深く腰を落とした。圧迫されるような強引さに脳も子宮もしびれ、出そうになる声を堪えて息を押し殺した。必死で耐える凪音を見下ろしたまま、碧の喉が上下して、さらに深く膝を進めながらその耳に唇を近づけた。
「あなたが、好きだ」
どくんと、大きく心臓が跳ねる。
その瞬間、碧が少し苦しげに息を詰めるような、どこか苦笑するような顔を見せた。
「気づいてる?」
ゆるりと動かれながら聞かれて、凪音は首筋の方にある碧に意識を向けた。
「好きだ」
また心臓が音を立てて、熱い体がさらに熱を帯びる。
「ああ、やっぱ……ヤバイね」
小さく笑いながらも少し余裕のなさそうな声に、押し殺した呼吸の中で「なに……?」と聞き返す。
「好きだと言うと、締め付けられる」
全身がカッと沸騰して、ざわざわと全身に快感と羞恥が広がる。
「やだっ」と思わず腕で顔を覆いかけて、その腕をとられた。
「めちゃくちゃかわいい」
自分がどんな顔をしているかも分からず、いやいやをするように頭を振った。
穴に入れるなら入ってしまいたい。
意地悪に碧は目を細めてそんな凪音を追い立てるように動いた。
「その余裕、なんなの……!」
「ほんと、かわいい。かわいすぎるよ、凪音さん」
碧が凪音の指に指を絡めてベッドに縫いつける。碧の体の重みと繋がりあった深さに身動きさえできず、「年上からかわないでよ」と文句だけ涙目でぶちまけると、碧がムッとした顔で「からかってなんか」と言いつつぐっと凪音の体を自分に引き寄せて、強く体を弓なりにしならせては凪音を攻めたてはじめた。
「ふ、んぅ……んっ、碧っ……」
絶え間なく波が引いては押し寄せるように揺すられ、翻弄されて、もはやなにかを考える間もない。
碧のシャープな顎先から滴り落ちた汗が、凪音の素肌にふつふつと浮かんだ汗と混じり、ベッドの真っ黒なシーツへと伝い落ちていく。
「や、だぁ……っ」
碧は仰け反るようにして喘ぐ凪音の顎を甘噛みし、凪音の唇を塞いだ。
強引に割られて差し込まれた碧の舌に、凪音の呼吸さえも喰らい尽くされていく。
「も、だめ……」
「だめ? ……ほんとに?」
息も絶え絶えに凪音が逃れようと身をよじるのを束縛しながら、碧が生意気な笑みを浮かべた。
「ねえ、ほんとに? やめる?」
碧が密着していた体をわずかに離した。
冷たい空気にさらされ、汗ばんだ体の熱さえも失われそうになる。
「いや……お願い」
悔しさと切なさの混じった、欲しい気持ちを封じ込めることはできない。
碧のゆるゆるとした動きから与えられる、激しさとは真逆ながらもじわりとくる快感に、凪音は紅潮した泣きそうな顔を振った。
「もっと、して」
「っ凪音さん……それ、反則すぎ……凪音さん、凪音」
その薄情そうな冷たい唇が名前を上ずる声で刻むだけで、凪音の女の奥が潤む。腕を巻きつけて、碧をさらに誘い込むように腰を揺らした。
一瞬、碧が息を詰めた。
「凪音……っ!」
与えられる苦しさと昇りつめる快感との狭間で、その唇が離れた一瞬の間にも好きだと碧が囁く。
それに応えるように、涙をこぼすその口を碧が塞ぎ。
そして碧が深く腰をねじりこむように穿ち、世界が真っ白に塗りつぶされた。
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