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 無理矢理涙を止めて、僕は莉緒さんと同じ道を辿った。  僕はここ一ヶ月半、心がよく動く様になった。  何でもないことを面白いと感じる様になった。  前までは流していたことに腹が立つ様になった。  そしてその時、隣にはいつも莉緒さんがいた。  「もういいかな、詩音」  兄ちゃんは誰かを好きになっていいのかな?  その誰かに迷惑をかけてもいいのかな?  心を委ねられる存在を作っていいのかな?  僕は止めたはずの涙を拭いながら家路を進んだ。  莉緒さんに謝りたい。  「本当はあんなこと思っていない」「僕の本当の気持ちは違うんだ」と伝えたい。  糞。誰かと親しくなるのがこんなにも面倒だったとは、すっかり忘れていた。  悔しいけど、嬉しい。  莉緒さんの家に向かおうと決めて僕は走り出した。  もう臆病になるのはやめよう。莉緒さんに偉そうなことを言ったけど、臆病者を卒業しなきゃいけないのは僕の方だ。  大切な人を作るまいと卑屈になるのではなく、できた大切な人の手を離さない事。想いは伝え続けるべきだと言う事。  それに気がついたから、今僕は走ってるんだろ?  だから今一番離したくない君を、大切だと思える君を失いたくない。  大通りの信号が赤から青に変わるのがいつもより長く感じられた。  青に変わった瞬間、僕は駆け出した。  左に曲がってすぐ商店街を右折した。あとは真っ直ぐ進むだけだ。  「あ〜れ〜? 木崎さんの彼氏じゃないっすか」  「あれれ〜? 今日は一人ですか〜?」  小さなゲームセンターの中からヤンキー風情の三人が出てきて走る僕の前に立ち塞がった。  「今お前らに構ってる時間なねぇんだよ!」  リーダーの片眉がピクッと動いた。  「いけないねぇ。先輩にそんな口の利き方したら」  「もしかして知らないのかなぁ?け・い・ご」  からかう様な言葉に僕はまんまと乗ってしまった。  「知ってるよ。少なくともお前らが使えないような丁寧な言葉遣いを親から習ってきたつもりだよ」  それを聞いたリーダーの男はニヤッと不敵に笑い僕の方へ近づいてきた。  「いけないなぁ。ダメだよ? 知ってるならちゃんとした言葉遣いをしなきゃ」  そう言って僕の胸ぐらを掴んできた。  「気にくわねぇんだよ。俺らにも食わせろよ。お前の女」  小声で囁かれるは気持ちの悪い笑みを至近距離でまじまじと見せられるは、最悪だ。  僕は吐くのを堪えて、ずっと聞きたかった事をこの最悪なタイミングに切り出した。  「お前だろ。茂木(もぎ)。莉緒さんに悪趣味なメッセージ送ってるの」  「あれー?僕の名前知ってたのー?光栄だねぇ」  そう言って胸ぐらを掴んでる左手に力を込めてきた。  「あとなぁ、教えてやろうか。先輩の名前は呼び捨てするもんじゃねーぞ!」  そう言って拳を振りかぶった。  僕は咄嗟に茂木の脛を思い切り蹴り上げた。  「にゅわぁ」と情けない声を上げて茂木は左手を離しその場に蹲った。  「てめぇ」「この野郎」と時代遅れのヤンキー台詞を吐いて下っ端の二人が走ってこちらに向かってきた。  ガリガリの方の拳を受け止め、膝蹴りを鳩尾の辺りに入れてやった。  「ぐふぅっ」と倒れ込むガリガリを観察する暇もなく体格のいいゴリラの様な下っ端が殴りかかってきた。  ガリガリとは違い、喧嘩慣れしていた。  拳と蹴りを絶妙なタイミングで繰り出してくるゴリラに僕は痛めつけられた。  それでも、負けてなるものかと自分を奮い立たせて、倒れ込んだ僕にゴリラが馬乗りになってくるタイミングで股間を足裏で蹴り飛ばした。  「あっひっあっ」と声にならない声を上げて男は両膝をついて蹲った。  立ち上がって走り出そうとした時、後ろから蹴られて僕は再びアスファルトの上に転がった。  「おい、お前やるじゃん。さすが美女のセフレだな!」  そう言って馬乗りになってきた茂木の拳が一発左頬にめり込んだ。  意識が一瞬飛んで、再び体に魂が戻ってくるとすかさず二発目がまたも左頬に飛んできた。  「莉緒さん」  僕は莉緒さんを傷つけた茂木が許せない。絶対に負けない。  三発目を貰い、奥歯が一本折れたのを感じた。口の中で感じていた鉄の味が、ドロっとした感触とともに増大した。  四発目を僕は頭を器用に使い、拳骨をもらう様にして防いだ。  手首を捻らせた茂木が一瞬怯むと僕はそのチャンスを逃さなかった。  上体を起こす勢いで茂木の鼻に頭突きを食らわした。  「あああ〜」と顔を覆いその場に転がった。  今度は僕が馬乗りになり胸ぐらを掴んだ。  顔を覆った両手の上から拳を一発入れた。  なんだか楽しくなってきて、胸ぐらを離し顔を隠すように覆っていた茂木の両手をどかした。  鼻が曲がって顔中血だらけになっていた。  「あっははははは」  僕は高らかに笑って茂木の左頬を殴った。  二発目を入れようとした時、  「やめなさい!」  と後ろから声がした。  振り返ると警官五人がこちらに走ってきていた。  僕は二人がかりでその場に押さえつけられ、後ろに回された手に手錠をかけられた。
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