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家の鍵を開けて扉を開いた途端、莉緒さんは僕に抱きついてきた。
「良かった〜。良かったよ〜。無事で良かったよ〜」
そう言って泣き始めてしまう始末。
「無事ではないだろ、この顔。歯折れたし」
そう言いながら莉緒さんを抱きしめた。強く。強く。
リビングに莉緒さんを通して椅子に座らせると、僕は冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ莉緒さんの前に置いた。
「ありがとう」
そう言ってから莉緒さんは一気にコップの中身を空にした。
よく見ると、莉緒さんは汗で髪も服もぐっしょり濡れていた。抱きしめた時に気づかなかった僕はバカなのか。
「ごめん、汗びっしょりだったんだね。シャワー入っといで。シャツ洗濯しよ。適当にスウェット用意するから」
莉緒さんを引っ張ってお風呂場の脱衣所まで連れて行く。莉緒さんは少し抵抗するように力を入れていたが最後には堪忍して脱衣所に入った。
「下着は…いい」
「ノーパン、ノーブラ?」
「違う! 私が出るまでは絶対に入らないで!」
そう言って脱衣所を追い出され扉が固く閉じられた。
「下着姿で馬乗りになってたの莉緒さんだよね?」
あまりの変わりように僕は少し戸惑った。しかし、恥じらっている莉緒さんはとても可愛く愛おしかった。
自室からスウェットを取り出し、脱衣所の扉を少し開き、その間からスウェットを投げ込んだ。
それからリビングに戻り、ソファの上で横になる。
全て莉緒さんに伝えたい。
でも、僕らにはまだやるべきことがある。
それまでは、僕が望む方向に進み出せない。
ごめんな、詩音。本当に勝手なお兄ちゃんで。
「和人」
そう呼ばれて僕は目を覚ました。
少し寝てしまったらしい。
体を起こして座り、莉緒さんが座る為のスペースを作った。
「ああ、出たんだ。サッパリした?」
「した。ありがとう」
風呂上がりのスウェット姿の莉緒さんは、いつもと違った緩い感じで可愛かった。
「結構酷くやられたんだね」
そう言って莉緒さんは僕の顔を指先でなぞる。
それはイヤらしかった以前とは違い、愛情のこもった優しい指先だった。
僕はその手を握り真っ直ぐ莉緒さんを見つめた。
「和人?」
「ごめんな、莉緒さん。心配かけて。もう大丈夫」
そう言うと莉緒さんは横に座って僕の肩を思いっきり殴った。
「え!? 殴るところ? 今」
「何が大丈夫よ! 補導になったとはいえ一度逮捕されてるのよ! バカ! なんであんな奴らの挑発に乗っちゃったのよ!」
僕は鼻の頭を掻きながら窓の外に視線を向けた。
「莉緒さんを、馬鹿にしたから」
無言のまま時は流れる。
莉緒さん、何か言ってください。
恥ずかしくて死にそうです。
「ごめんなさい」
予想していたのとは全く違う言葉が聞こえて僕は莉緒さんの方に顔を向けた。
莉緒さんは頭を深く下げて僕に謝罪していた。
「ん? どうした? なんで謝ってるの?」
「昨日。駅前で言っちゃったこと。私馬鹿だった。いつまでもウジウジしてろって…。最低でした。こんな目にまで遭わせちゃったし。ごめんなさい」
莉緒さんは頭を下げたまま謝罪の言葉を続けた。僕としては喧嘩のことはすっかり忘れてたから良かったのだけれど…。でも、僕も謝らなきゃ。
「ごめんなさい」
僕も莉緒さんのように頭を下げた。
「え?」と莉緒さんが間抜けな声を上げながら頭を上げた気配を感じた。
「身の程を知れなんて偉そうなこと言ってごめんなさい。莉緒さんに付きまとわれて困ってるなんて言ってごめんなさい。困ってなんかないです。喜んでます。すっげー喜んでます」
心のダムが決壊して、そこから今まで溜め込んでいた想いが、言葉がどんどん流れていく。僕にはもう止められそうになかった。
「僕は自分勝手な人間だ。
大切な人を作らないとか言っておいて、ちゃっかり作ってるし、友達いない莉緒さんに付き合ってあげてるみたいなこと言ってたくせに、一番喜んでるのは僕だし、心配かけて申し訳ないと思ってる反面、こうして来てくれるなら毎日でも喧嘩してやろうとか思ってる僕がいるし」
涙がソファにポタポタと落ち、そこにシミを作っている。僕の涙。隠れることもなく、人前で堂々と、天からも見えるように潔く。
そして天にまで聞こえるように僕は叫んだ。
「要するに、言いたい事は…。僕は木崎莉緒さんが大好きです! もう離したくない。失いたくない。あなたがいればそれでいい。莉緒さん好きです、大好きです!」
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