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さっきよりも激しく心臓が鳴っている。
一定のリズムで激しく。
どっちの音が発信音なのかわからなくなるくらい、私の心臓が鼓膜を振動する。
7回発信音が鳴った。
向こうから擦れる音が聞こえてきた。
「はい、もしもし?」
お母さんの声だ。
懐かしいその声は私の心を優しく包んだ。
「お母さん?」
三秒程、沈黙が流れた。
「莉緒?」
お母さんに名前を呼ばれて、私は涙を堪えることができなかった。
「そう。莉緒。莉緒です」
「あら…。久しぶりね…。元気だった?」
明らかに戸惑っていた。
「ごめんね、お母さん。おばあちゃんに番号聞いてかけました」
私は涙声でお母さんに必死に話した。
「お母さん。私ね高校生になったよ。もう二年。来年は受験が控えてるの。好きな人も出来たんだよ。両想いになれたんだよ。私大きくなったでしょ?」
一方的な私の話を、お母さんは相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は和人の顔を見た。
力強い眼差しで私を見ていてくれる。ちゃんと私の横にいて、私の手を握ってくれている。勇気を送ってくれている。
私は一つ息を吐いた。
「お母さん、あのね、私お母さんに」
もう一度会いたい。会ってお話がしたい。
一番大事なところを私は口にすることができなかった。
「ママー。だぁーれー?」
電話の向こうから聞こえてきたのは小さな男の子の声。
私は鼻をすするばかりで、次の言葉が出てこなかった。
「あきくん、ちょっと待っててね。今大事なお話ししているの」
「はぁーい」
やめて。やめてよお母さん。
「ごめんね。この間四歳になったの。あなたの義弟よ」
やめて。そんな事が聞きたいんじゃないの。
私は子供の頃に戻ったように、さっき言えなかったワガママを言おうともう一度口を開いた。
「あのね、お母さん、私ね…」
「莉緒」
私の話を最後まで聞く事なく、お母さんは名前を呼んだ。もう答えは分かってる。名前を呼んでくれただけで満足だよ。だから、もう…。
「莉緒、ありがとう。私も久々に話せて嬉しかったわ。でも、もう連絡はしないで」
覚悟はしていた。
でも実際に放たれたその言葉は、私の心をハンマーのように打ち砕いた。
「もう、あの頃を思い出すのは…」
「わかったよ。わかった。もう連絡しない。久々にお母さんに名前呼んでもらえて嬉しかった。それで十分だよ。ありがとう。お母さん、元気でね」
そう言って私は一方的に電話を切った。
和人が心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫か?」
優しいその声色に、私は我慢ができなかった。
和人の胸に飛び込んで大声をだして、嗚咽を漏らして、盛大に泣いた。
「あの頃を思い出すのは…」
その続きの言葉は言われなくても容易に想像がついた。
でも、忘れないで。
私を叱ってくれた事。
私を愛してくれた事。
私にあの桜の木を教えてくれた事。
お母さんが教えてくれたから私、和人に出会えたんだよ。
たがら、忘れないで。お母さん。
ありがとう。
和人が頭を撫でてくれている。それが、昔お母さんに頭を撫でてもらった事を思い出させた。
「お母さあん。お母さあん」
電話の向こうで聞こえた声の男の子よりも子供らしく、私はお母さんを呼びながら泣き続きた。
いつしか泣き疲れ、私は和人に抱きしめられながら眠っていた。
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