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僕たちは駅前にある喫茶店で頼んだコーヒーを待っている。
新人らしき、大学生くらいのアルバイトの女性が四苦八苦しているのが可愛くて見惚れてしまう。
「ミス豊ヶ浜を前にしてよく他の女のことを見てられるわね」
「莉緒さん。美人は何人いてもいいんです。はい」
そう言うと莉緒さんは僕の脛を蹴ってきた。ローファーのつま先で蹴られるのはなかなか辛い。
「何するんですか。すげー痛い」
「昔の女の話をするわ、他の女を見るわ、和人ってクズね、本物の」
「だから昔の女って表現やめてよ」
相変わらず拗ねた調子の莉緒さんは、話しかけても無視するだけ。
じゃーと諦めて他の女性を眺めていれば脛を蹴ってくる。
正直少し腹が立っていたが、ガキ認定されるのが嫌でグッと堪えている。
頼んだコーヒーとココアを運んできた、新人アルバイトの品を置く手つきが覚束無いから、思わずコーヒーカップに手を伸ばしそのまま受け取った。
「恐れ入ります!」と笑顔で言われ思わず鼻の下を伸ばしてしまった。
それを見逃さずしっかりと脛に蹴りを入れてきた莉緒は、何事もなかったかのように本題を切り出した。
「それで、昔の女じゃないなら何なのよ」
忘れてくれないよなあと、少し残念な気持ちで啜ったコーヒーが美味しくて心が暖まった。あのお姉さんが運んできてくれたことが、コーヒーの旨さを際立たせているに違いない。
コーヒーカップを置き、真剣な顔をして僕は話し始めた。
「妹ですよ。両親の離婚の際に離れ離れになった妹。女は女でも意味が違うでしょ?」
そう言うと、少しホッとしたように莉緒さんが微笑み、ココアをストローで必要以上に回していた。
「な、なんだそういうことね。早く言いなさいよ紛らわしい」
「聞く耳持たなかったじゃん、今の今まで」
サービスの豆菓子を三つ口の中に放り込む。
「でもそれが、どうして彼女を作らないことと関係するの?」
やはり年上の女性をうまく誤魔化して逃げようなんて、僕の頭の計算処理スピードでは出来ないようだ。
ふうっと息を吐いてから僕は順序追って話し始めた。
「僕が小学五年生の時にうちの両親は離婚しました。莉緒さんと同じ年の時に」
最後に会った彼女の顔を思い出すと胸が締め付けられる。今でもハッキリ思い出せるその笑顔は僕に向けられた無垢なるもの。独白のように僕は続けた。
「名前は詩音。三つ下です。詩音は離婚の際、父親に引き取られました。父含め、父型の親戚に気に入られてましたから。僕は母っ子だったので当然のように母に引き取られました」
生き別れの兄妹の話をすると皆決まって、今の莉緒さんのような表情をする。聞いてはいけないことを聞いてしまった、といったような顔。
僕は莉緒さんのそんな表情に気付いていないフリをして構わずに話し続けた。
僕の中の詩音は小学二年生の時から止まっていること。
ずっと気になって、会いたいと思っていたこと。
だけど、会って何を言われるのかと考えると怖くて言い出せなかったこと。
「なら、会えばいいじゃない。私にあんなかっこいい事言っていた和人はどこに行ったのかしら」
突破口を見つけたと言わんばかりに、からかうように莉緒さんはそう言うと飲む機会を逃していたココアを一口ストローで吸うと「氷溶けてる」とおどけて見せた。
そんな莉緒さんを見ても、くすりともせずに僕は話しの続きを伝えた。
「会えないんです。もう。詩音には」
「どうして? 父方と音信不通とか?」
「それならまだいいです。希望があるから」
僕はコーヒーを一口すすり、少し間を空けて呼吸を整えてからオチを話した。
「死んだんですよ。二年前の夏。僕が中学二年生の時に。交通事故で」
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