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僕と加藤と右田はあの日、釣り道具を持って自転車に乗って多摩川に遊びに行っていた。
夏休みで、一日中遊び放題。
宿題は後回しの僕らは、太陽が天辺を過ぎた頃から遊ぶのが日課となっていた。
鯉釣りが僕らのその時のブームで、誰が一番大きい鯉を釣れるかを毎日競っていた。
夏休み前から始まったブーム。
僕らは毎回違う罰ゲームを用意して、真剣に釣りに勤しんでいた。
一番酷かった罰ゲームは、加藤の時だ。
美容室で頭をバリカンでハート型にしてもらって、好きだった羽場心優さんに告白させたやつ。
美容室の帰りに三人で羽場さんの家の近くまで行って、僕と右田は加藤の健闘を祈ってから少し離れた自動販売機の陰に場所を移し加藤を見守った。
加藤がインターホンを押し、少ししてから羽場さんが中から出てくると、あからさまに驚いた顔をして見せた。
それを見ただけでも僕と右田は満足だったが、今更加藤を止める術もなく、加藤はちゃんと告白してちゃんと振られた。
「こんな頭の人と歩きたくないってよ」
本気でガッカリした加藤をその足で再び美容室に連れて行き、ハートの間にギザギザを入れて失恋を表現した。ある意味芸術である。
次の日、その頭で学校に行くと男子の間でヒーロー的扱いを受けることができたが、もちろん職員室に呼び出されて、担任だった体育教師にこっ酷く怒られていた。
そんな英雄、加藤の要望もありその日の罰ゲームは好きな人のスカート巡りという、なんとも昭和チックな罰ゲームに決まった。
秘策を提げて挑んでいる加藤の目は自信に溢れていたのを覚えている。
「俺はな、なんとルアーを親父から借りてきた! これで今日はお前らに負けるはずがねぇ!」
そう言って天に掲げるルアーはどう見ても海釣り用で、僕と右田は思わず笑ってしまった。
「それ、海釣り用じゃねーの?」
「釣れるわけねーべ、それじゃあ」
「え、嘘? マジ? 親父いけるって言ってたよ?」
「ハメられたな」
「練り餌、分けるのなしな」
そう言って僕と右田は釣りの準備を始めた。
「おい〜嘘だろ〜」
加藤は勝負の前から、3ミリに揃えられた頭を抱えて吠えていた。
それを見て笑いながら練り餌さを作っていると、ポケットの中の携帯が鳴った。
着信音から電話だとわかった。
川の水で手を濯ぎ、当時使っていたスライド式のガラケーを取り出すと、相手は母からだった。
「もしもし? 何?」
思春期の少年らしく、母からの電話に少し鬱陶しそうに電話に出た。
涙声の母は声を絞り出すようにして僕に事を伝えた。
僕はそれを聞いて言葉をなくした。
「え、あ、その。え?」
「今から病院に行くから、あなたも帰って来なさい」
そう言うと母は一方的に電話を切った。
僕は通話が終わった携帯を耳に当てたままその場に立ち尽くした。
「かず、どうした? 早くしないと出遅れるぞ」
右田に声をかけられても僕は何も言えなかった。
「かず?」
右田と加藤が顔を覗き込んできた。二人は驚き慌てふためいていた。
僕は涙を、無表情のまま滝のように垂れ流していたのだ。
顔面を強く殴られたような強い衝撃を食らった僕の心は、外界の全てのものを遮断した。
話の内容を理解できていないのに、機械のように僕の瞳から涙が流れ続ける。
「かず、どうした。何があった」
右田が肩を揺らして僕の意識をその場に連れ戻す。
僕は二人の顔を捉えると顔をくしゃくしゃに、その場でうずくまって大声をあげて泣いた。
事情を話すと、加藤と右田は僕を支えて自転車の方まで連れて行ってくれた。
そして三人自転車にまたがり僕の家に急いで向かった。
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