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 送ってくれた二人に礼を言うのも忘れ、僕は家に着くと走って家の中に入った。  リビングでは母が机に突っ伏して、声を上げて泣いていた。  「母ちゃん。本当に…詩音が…?」  声をかけると母は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。  「かず、詩音が…詩音が…」  子供のように泣きじゃくる母を抱きしめながら僕も泣いていた。  五分ほどそうしてから僕らは家を出て、車で千葉にある総合病院に向かった。    病院に着いた時、夕方だというのにウンザリするほど空はまだまだ明るかった。  受付で場所を聞いて、走りたい気持ちを抑えながら僕らは早歩きで安置所に向かった。  安置所の前のベンチで父が項垂れていた。  僕らの方を一瞥して、何も言わずにまた項垂れる。  僕らを見たその目は真っ赤に腫れていた。  僕らは父に声をかけることもなく、目の前の安置所の扉を開いた。  無機質な空間に置かれていたベッドの上に横たわる小さなシルエット。  この顔かけを取った時、違う娘の顔だったらいいのに。  そんなことを考えながら僕と母ベッドを挟むようにして故人の前に立った。  口を覆っている母の両手は大きく震えていた。  母にさせてはなるまいと、僕は小刻みに震える手で顔かけを取った。  それは間違いなく詩音の顔だった。  顔に幾つかの擦り傷をつけた詩音はそこで静かに眠っていた。  「お兄ちゃん」  「お兄ちゃん」  そう言って僕の後ろをついて来ていた妹は、温度をなくした顔で眠っていて、母の慟哭を聞いても目を開けることはなかった。    「お兄ちゃん、おままごとしよー!」  「お兄ちゃん、ママにお洋服買ってもらったの!」  「ママ〜。お兄ちゃんが意地悪する〜」    どうして僕の妹が車に轢かれなくてはいけないんだ。  どうして未来ある僕の妹が、生い先短い年寄りなんかに殺されなくちゃいけないんだ。  僕は拳を握り、俯きながら体を震わせて静かに泣いた。  歯を食いしばって声を出さないように。  情けない姿を詩音に見せないように。  母が詩音の顔を撫でながら「ごめんね。ごめんね。」と何度も呟く。  母ちゃん。違うよ。謝らなくちゃいけないのは詩音を轢いた奴だ。絶対にそうだ。  そう言いかけた僕は、食いしばってた歯を緩め声を出した。  しかし、思っていることとは違う言葉を口にした。  「詩音、ごめんな。ごめん。兄ちゃんお前のこと放っておいて。意地悪して。ごめんな」  僕がそう言っても詩音は「やだ」とも「お兄ちゃん、やっと来てくれた」とも言わない。  僕は堪らなくなって母を置いて安置所の外に出た。  父は相変わらず項垂れていて、僕に何も話しかけてこない。  それを見て頭にきた僕は父の胸ぐらを掴んでいた。  「おい! なんで詩音がこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ。なんか言えよ! お前のせいでもう俺は詩音と話ができない。一生。お前のせいだ。大人しく母ちゃんに預けていればよかったのに」  叫び声に気付いた職員が僕と父の間に割って入ってきた。  父は最後まで抵抗することなくされるがままだった。  「おい、なんか言えよ! クソ野郎!」  「落ち着いてください。お父さんは悪くありません」  俺は別室に連れていかれた。連れていかれる間にも俺は親父を睨みつけ、吠え続けた。見えなくなるまで。  別室に移って、椅子に腰掛けた僕はすっかり暗くなった外の闇に飲まれてしまいそうで、それに抗うかのように慟哭した。
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