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「本当は分かってたんですよ。もうその時には。詩音に会えなくなったのは親父のせいじゃなくて、会いたいと言う勇気が出せなかった自分のせいだって」
僕は冷めたコーヒーを啜り、窓の外を眺めた。ちょうど当時の僕くらいの男の子が妹らしき小さな女の子と並んで歩いていた。
太陽のように笑うその小さい女の子は、昔の詩音を見ているかのようで思わず泣きそうになった。
この話をすると感傷的になるからあまりしたくない。
やっと克服したのだ。詩音の死を。思い出して泣かなくなるくらいにまで。
それから親父とも連絡を取っていない。最後に葬式の時に見た父はとても小さくなったなと思ったのを覚えている。
「僕の言葉が追い打ちかけちゃったかなって少し気にしたんですけど、まぁ僕の理不尽な怒りの矛先でしたからね。そのまま死んで、代わりに詩音が帰って来ればいいのにって最低なこと考えてました」
全部話し終えた僕はボタンを押して店員さんを呼んだ。
コーヒーのお代わりと、いちごのパフェを頼んだ。
新人のアルバイト可愛いなぁ、と向こうの方にいなくなるまで目で追いかけてから莉緒さんの方を向いた。
彼女は俯き肩を震わせていた。
「莉緒…さん?」
「ごめんなさい。そんな辛い話させて。軽々しく聞いていいものじゃなかったわね」
「やめてくださいよ。いいんですよ、これで僕のことも知ってもらえた訳ですし。だから僕は恋人とか大切な人を作りたくないんです。できるだけ」
莉緒さんは鞄からハンカチを取り出すと涙を拭った。そのハンカチには見覚えがあった。
「それ僕のですよね?」
この前、ラブホテルに行った時に手渡した渡したハンカチ。
「洗って返す」と言って聞かなかったので渡してそのまま忘れていたが、まさか自分のものにしているとは思わなかった。
「今日返すつもりだったのよ。でも和人が泣かすから」
大きな声で言うから周りの視線が集まってきてしまった。どれも最低な男を見るような冷たい眼差し。
とんでもない勘違いだ。まぁ泣かしてしまったのは事実だが。
「莉緒さん、皆見てるんで泣き止んでくださいよ。僕が酷いことして泣かしたみたいじゃないですか」
「うぅぅ〜」
泣き止む気配はなかった。
もういいやと放って置くことにして窓の外を再び眺めた。
駅の改札から豊ヶ浜の制服を着た生徒が三人出てきた。
この辺に僕ら以外に豊ヶ浜の生徒が住んでいたのは驚きだ。
ネクタイの色からして、莉緒さんと同い年の二年生ということがわかった。
そのうちの一人と目が合うと、不敵に笑い二人の肩を叩いてこちらを指差した。
三人はオカズでも見つけたかのような、興奮の眼差しでこちらを見ながら歩き去った。
「今時あんな不良いるんだな。だっせ」
独り言を呟くと「お待たせしました」と聞こえて振り返る。
先程まで元気だったアルバイトが露骨に引いた顔をしながら品を置いていく。
いや、さっきまであんなに笑顔だったじゃないか。あの時既に莉緒さん泣いてたよね?
「ごゆっくり〜」
どうやらこの店に僕の居場所は無くなったようだ。
急いで食べて、飲んで帰ろう。
「絶対に莉緒さんのせいですからね」
「え、何が?」
泣き止んだ莉緒さんはあっけらかんと答えた。
「はぁー」とため息をついてから僕はいちごパフェを食べ始めた。
詩音が好きだったいちごパフェは、僕には甘すぎた。
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