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 どうして僕は怖がってしまったのだろうか。  君はどんな風に僕を思っていたのだろうか。  あの日からそんな事を時々考えてしまう。  電車の中から茜色の街並みを眺めていると、幼き日々の記憶が蘇ってくる。  僕を必死に追いかけていた君は今、僕になんて言うのかな?  最寄駅に着いて僕は一つため息をついた。  授業が終わったらすぐに帰ろうと決めていたのだが、解放されていた屋上が気になって行ってみることにした。  思いの外気持ちのいい風が吹いていて、つい昼寝をしてしまった。  入学三日目にして早くも六時間目まで授業があったのが悪いのだ。疲れ果ててしまったのは言うまでもない。  さすが僕が背伸びして入った高校だ。容赦ない。  三十分くらいしか寝ていなかったのに、起きると空は赤くなり始めていた。  歩き始めて五分で僕は公園の中へ入った。  遊ぶわけではない。一昨日から僕の通学路。駅から家に帰るときこの道を使った方が早い。  この道を通ると桜の木の下を通る。この辺では唯一の桜の木。お年寄りが時々昼間にお花見をしているくらいで、花見客が溢れかえる事のない地味な桜。落ち着いてゆっくり眺める事のできる場所。  そこに一人、桜を見上げている女性がいた。距離が縮むに連れて彼女が高校生ということがわかった。しかも、着ている制服からして僕と同じ高校。  風が吹いてヒラヒラと花びらが舞う。傾いた日差しに照らされ、なんだか物悲しい。  彼女が髪を耳にかけ、綺麗な横顔を覗かせる。その横顔はどこか寂しげで、遠くを見るように目を細めて桜を見上げていた。  その姿に目を引かれた僕は歩みを止めた。  その目を、僕は知っている。  二年前、後悔と悲しみに明け暮れていたあの頃の自分と彼女が重なる。  少し離れたところに立っていた僕に気づいた彼女は視線をこちらに向けた。  「何か私に用でも?」  はっきりと見えた、目鼻立ちがはっきりとした整った顔。それを僕は知っていた。  「あなた、豊ヶ浜の子ね。見ない顔だけど一年生?」  「はい。杉浦和人(すぎうらかずと)です」  彼女は腕を組みながらこちらに体を向けた。豊満な胸を強調しているかのようで、つい視線を向けてしまう。  彼女はそれに気付いているようで薄く微笑む。  「木崎莉緒(きざきりお)先輩ですか?」  「あら。なんで私を知っているのかな?」  「もう一年の間でも有名ですよ。『すげー美人な先輩がいる』って。昨日クラスの男子が騒いでましたよ」  昨年のミス豊ヶ浜である。先輩を僕は入学前から知っていた。  中学三年生だった僕は、唯一志望校が同じだった塾の同級生と豊ヶ浜高校の文化祭に遊びに来ていた。  その日に行われていた、ミスコンテストのグランプリ表彰式を僕たちも見ていた。  表彰台に上り、浮かない顔で盛大な拍手喝采を浴びていた美女が今目の前にいると考えると、感慨深いものがある。  そんな事を言うと引かれそうだから言わないでおこうと決めた。  「噂してくれるのは有難いわね。ところで君は私に何の用かな? 」  「すげー美人がいるなと思ってつい足を止めてしまいました」  「口説きに来たと考えていいのかしら? 」  鼻で笑い、仁王立ちで、僕を見下すような目をして話しかけてくるその姿はまるで嬢王様だ。鞭なんか持たせたら似合いそうだ。  「それでもいいんですけど、本当は悲しそうな横顔を見てしまって立ち止まったんです」  「私がいつ悲しくなったのかしら」  「そう見えただけです。気のせいだったみたいだけど」  先輩は再び桜の方に顔を向けた。風が吹くたびになびく髪を、その度に耳にかける。指を耳に置いたまま、横顔を僕に見せるように髪を押さえていた。  後輩の前で虚勢を張っているが、きっとこの人は悲しみの底にいる。  同じ目をした人に出会うのは初めてではないが、どうして僕は先輩を心配しているんだろう?  美人で巨乳という僕好みという所が大きいと思う。何より細すぎず、健康的な太さをした太ももが気に入った。  そんな人が僕と重なって見えれば声もかけたくなる。  「先輩はこの辺りに住んでいるんですか? 」  「三丁目の山吹商店の隣よ」  「あ、近い。僕二丁目のサンライズバーガーの隣のマンションなんです」  「それなら途中まで帰り道同じね」  先輩は一人歩き出す。僕は同じ方向に、少し後ろの方を歩いた。  公園の出口に近づいた時、先輩はこちらをチラッと見ると手招きをした。  早歩きで先輩に追いつき、無言のまま並んで歩いて公園を出た。  住宅街を抜け、一丁目と二丁目を分ける大通りに出る。  無言で信号が青になるのを待っていると、先輩がこちらをチラチラと見ている事に気が付いた。  「どうかしましたか?」  「何か話しなさいよ。気まずいわ」  「先輩は何カップですか?」  「Eカップ」  いきなりの僕のセクハラ発言にも先輩は怯まず、平然と自分の胸のサイズを教えてくれた。  思わず「おー」と感嘆すると先輩は先ほどとは違う、優しい笑みをこぼした。  「思春期丸出しね」  「経験がないもので」  信号が青に変わり、自転車に乗った小学生達とすれ違うようにして横断歩道を渡った。  大通り沿いを立川の方面へ進むとサンライズバーガーが見えてきて、その手前にあるマンションの前で立ち止まる。  「家ここなんで」  「立派なお宅ね」  「外見だけです。それじゃ、また機会があったら」  同じ学校の一つ上の先輩に、もう会わないかのような別れの挨拶をして僕はエントランスに入った。  オートロックの扉を開けて中に入ると「ねぇ」と呼び止められた気がして振り返る。  先輩がエントランスに入ってきていて僕を呼び止めていた。  閉まるオートロックの扉に近づくと、それは再び開き僕は先輩に近づく。  「どうしたんですか? 寂しいんですか?」  と減らず口を叩くと先輩は少し背伸びをして僕の耳元に囁く。  「興味、あるんでしょ?」  「え?」  疑問を顔に出して先輩を見つめる。  意地悪な笑みを浮かべる先輩は「付いてきなさい」と言うとエントランスを出て行ってしまった。  僕は少しの恐怖心を持って先輩に続いた。  帰宅時間が、どんどん遅くなっていく。
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