#18 ヴァンパイアの裏事情。

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#18 ヴァンパイアの裏事情。

  「次郎、どういうこと? 健太郎がいなくなったって……。ハンターって何?」 「おー。おはよう、ヒナ。ってかお前服そのままじゃん。ちゃんと寝たのかよ?」  ヒナは昨夜別れた時の格好のまま。飛び込むように『鬼の湯』に舞い戻って来ていた。 「温子さんの行方がわからないどころか、健太郎まで無事じゃなかったって聞いて寝てられないでしょ」 「相変わらず勤労小学生だねー」 「もう、いいからそんなこと。それよりどういうことなの? 健太郎はどこ?」  次郎から連絡を受けて、まだ陽も昇りきらぬ内に黒服を大勢連れて急いでやって来たのだ。 「んー。ややこしい話なんだけど。俺たちと一緒に帰ってきたのは健太郎じゃなかったんだな」 「どういうこと?」 「うん。鬼だったのよ。変身できる系の」  次郎の話に、ヒナは頭の上に“はてなマーク”を大量に飛ばす。  一緒についてきた熊のように大きな体をした権田原も、同じように首をひねっている。  その後ろに続いて来た下足場を埋めている黒服の集団も同じだった。  次郎は、彼らに中に入るように言ってから、先ほどまでの出来事をヒナ達に最初から順を追って説明し始めた。  まぁ若干省略した部分もあったが……。 「ということは、健太郎君はまだどこかで監禁されているということですか?」  男湯の脱衣場。  むさくるしいほどの黒づくめの男たちが、ヒナを筆頭に次郎と対面するように話を聞いていた。  動揺するヒナの代わりに、後ろに控えていた権田原が問いかける。 「そうなるね」 「そんな……」  ヒナは、ショックの色を隠せない。 「まぁそう焦るなって。俺の読み通りなら、健太郎は今調べてる建物のどこかに必ずいる。例の図面と照らし合わせて的を絞れば、探し出すのは難しくないはずだ。そっちは順調に進んでる?」  次郎は座った丸椅子をクルリと足で回しながら、情報処理の指揮を執る権田原に話を振った。 「はい。先ほど50件までは絞り込めたと報告が来ました。図面の数は5つでしたから、倍の10件程まで絞り込めれば捜索できるかと」 「助かる。頼んだわ。じゃあやっぱ問題は相手が狩人(ハンター)だってことだなぁ~」 「そのハンターって……一体なんなの?」  ヒナは不安そうに次郎を見つめた。 「まー手っ取り早く言えば、俺たちヴァンパイアの血を売買してる殺し屋さんだねぇ」 「殺し屋!?」  突然飛び出した物騒なワードに、ヒナの元々大きな瞳がさらに大きく見開かれる。 「俺も久しぶりにお目にかかるから、正直驚いてるんだけどな。最後に奴らを見かけたのは、(さき)の大戦の時だったかなー……」  70年以上昔の話なのだから、代々物の怪(もののけ)や化け物と関わってきた大槻家であっても、年若い当主であるヒナには知り得るはずもない。  どうやら一から説明しないといけないようだと、次郎はおもむろに立ち上がり番台の上のペンを取った。  広告チラシの裏に何やら書きつけて、ヒナに差し出す。  そこには、こう書かれていた。  ヴァンパイア  純血種 → アンデッド → 強化人間 「ヴァンパイアが他の化け物と違うとこって、何かわかる?」  クルクルとペンを指の間で回しながら問いかける。 「……いえ、とてもお強いということは知っていますが」  戸惑いながらヒナの手の中にあるメモを覗き込んで、権田原が代わりに答えた。 「この国にいる鬼にしろ獣妖怪にしろ、奴らは基本単体だ。個体それぞれに何かの事情やきっかけがあって、化け物に変化した奴らがほとんどだろ?」 「ええ。そう聞いています」 「でも俺たちヴァンパイアは……」 「そっか……数を増やせるんだ……」  じっとメモを見つめていたヒナがぽつりと呟いた。 「そう。映画なんかでもヴァンパイアに噛まれた奴が同じヴァンパイアに変身するだろ? まぁ実際は噛んだくらいで転化させてたら、食事の度に仲間が増えて地球上ヴァンパイアだらけになっちゃうんだけど」 「噛んで感染(うつ)るんじゃないの?」 「うん、病原菌みたいに言うのやめようか」  天然なヒナの答えに、ウィルス感染じゃないよとツッコむ。 「俺たちが人を転化させるときは、逆に自分の血を飲ませるんだよ」 「血を、ですか?」 「ああ。完全に転化させるならそれ相応の量をね。そうやって純血のヴァンパイアの血を人間に飲ませて造ったのが、不老不死になった元人間。アンデッドって呼ばれてんだけど」 「アンデッド……」 「今この世に生きてるヴァンパイアのほとんどが、実際はこのアンデッドなの。ヴァンパイアのイメージでよくある“日光に当たると死ぬ”とかはこいつらの性質。純血の俺らと違って劣化版だから、弱点が多いのはしょーがないのね」 「そのようなお話、長く大槻にお仕えしていますが初めて聞きました。そんな輩が存在したとは……」  そう言って、腕組みで聞いていた権田原がうなる。 「世話になってる大槻を、化け物の内輪問題に巻き込みたくなかったからなぁ。純血種が狙われることなんてなかったし」 「そうでしたか……」  男湯の脱衣所がにわかに騒めく。  まぁまぁ。と動揺する大槻の面々を次郎はなだめた。 「とにかくこのアンデッドが、弱点のない俺たち純血種に比べてひ弱で狙いやすいってことで、常に狩人(ハンター)に追われてきたんだ。その血に需要があるのはわかるだろ? アンデッドが自分の血を他の人間に飲ませたらどうなると思う?」 「この、強化人間? になるの……?」    ヒナが細い指をメモの文字に当てる。 「そう。同じアンデッドになるとまではいかなくても、飲んだ者の寿命を異常なほど長く延ばしたり、戦場で戦う兵士に与えれば『強化人間(アーマード)』という名の人間離れした無敵の戦士が作れる。だからヴァンパイアの血は不老長寿の薬だ生物兵器だと、裏社会では今もって幻の商品として高値で取引されてるわけだ」  突然のダークな話題に、権田原や大槻の他の面々も一様に押し黙った。  その静寂を、ヒナが悲壮な声で打ち破る。 「ちょっと待って、じゃあ二人を拉致した犯人の本当の狙いは……次郎ってこと? 次郎をおびき出すために二人を囮にしてるの?」  そんな物騒な連中に攫われて、果たして無事でいるのか。  そして、彼らを助けに行こうとしている次郎本人が、その狩人(ハンター)たちの狙いなのだとしたら…… 「そうなるね~」 「もう。なんでそんなにのんきなのよ」 「まぁ、今に始まった話じゃないしな」  座った丸椅子をキコキコいわせながら、次郎は視点の合わない目を足元に落とす。 「健太郎のフリをしてたっていう鬼も、次郎を狙ってたんでしょ?」 「や~、すーっかり騙されたわ。あれはヤラれた。連中もさすがに純血種を狙うのはリスクが高いと思ったんだろなー。同じ化け物に襲わせて上手いこと血が手に入れば御の字ってとこだったんだろーけど、なかなか図太い作戦だよな」 「次郎のバカ……」  ヒナはそう言ってスカートをぎゅっと握る。  健太郎たちや自分のために怒るヒナの姿に、次郎はその純粋な気持ちにどこかほころぶ心地がした。 「だから助けるよ」  明るい声で次郎は言った。  だがその手は座った丸椅子の縁を掴んで、両足を放り出した格好のまま俯いている。 「……次郎?」    俯いた次郎の瞳は、長い髪に隠れてヒナからはよく見えなかった。  一瞬、赤く揺らめいた気がしたのに…… 「人のモノに手出したらどうなるか、わからせてやるさ」  そう呟いた次郎の言葉に、背筋にゾクリと冷たいものを感じ思わず固唾を飲んだのは、目の前に立っていた権田原ばかりではなかった。
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